⭐︎後日談⭐︎30.5章③『いと清しラヴァーズ達の生誕祭』
***30.5-3
流石、生誕祭。店内はカップルだらけで店員もその対応に追われている。
大体が恋人のプレゼント目的、なんだろうなぁ。
で、お前は何が目的なんだ?
「…………貴様に言う必要性はない。機密事項だ」
機密事項なわけあるか、こんにゃろ。
「はぁー。アッシュはおちょくらない。で、中尉はどうしてこのブティックに行こうとおもったのかしら? 無理には話さなくてもいいけど相談なら乗るわよ」
「……すまない、レイチェル判事。この礼は必ず返させてもらおう」
それ、俺がかつてお前から聞いて返してもらってないヤツだ。この詐欺やろー。
それは兎も角。
ユリウスが言うには、つい先日、キケセラから誕生日にプレゼントをもらったらしい。
キケセラから、とな? ユリウスに対して毎度怒ってたイメージしかないんだが。はて?
「ふーん、キケセラちゃん。そうだったんだー」
隣のレイチェルは何やら頷いているが。
何をもらったのかは具体的に言わないらしーが、それなりなものなのか?
「折角の生誕祭だ……せめて何かお返しをせねば、と思うのだが……」
だが、これまで騎士として剣の訓練に明け暮れた自分が、女の子の、しかもかなり歳下の少女が欲しいものなどわからない。せめてここの店員に聞けばわかるのでは、と思いつつ、
「このカップルだらけの店内に入る勇気が無かったのだな」
「き、貴様ァッ、アシュレイーッ!」
「アッシュ、からかい過ぎ」
はっはっはっ、コイツの弱点を聞けたからな。女の子絡みにはコイツはどーしよーもないのだろ。
ふははははー! 今後、コイツが何かしてきても返せるネタがゲットできたぞ。
「アッシュは中尉に意地悪し過ぎ。キケセラちゃんに贈るプレゼントで悩んでたのよね。そういうのは私に任せて!」
「良いのですか!? レイチェル判事!?」
「ふふーん、私の研究を舐めないでよ」
そう言って、懐から取り出したのは……いつものデート雑誌。
持ち歩いてたの、それ?
「キケセラちゃんみたいに10代前半が望むプレゼントで当たり障りないのはー。……これ! 手袋が人気みたい! ほら、私の研究に任せて!」
いや、雑誌の書いてあるそのまんま言ってるだけだと思うんだが。
しかし、ユリウスのヤツにはだいぶ効いたようだ。
「なるほど! 手袋か! レイチェル判事、本当に助かった。この礼は必ず」
レイチェルに礼を返す前にまず俺に返せや、お前。
「貴様には……言わんぞ、アシュレイ」
おいおい、お前なぁ。
「……しかし、キケセラには“怒られる”ことはあっても、何かを“贈られる”とは……オレ自身、誰かに何かを“贈る”という発想が無かった。そうか……彼女はこういうものを喜ぶのか……」
「ふふっ、ちゃんと考えてるじゃない、中尉」
そして店員さんと、あーでもないこーでもないと悩むユリウスに、レイチェルが何やらアドバイス。
ふむ。
その間に俺は二人から少し離れてショーケースを眺める。
お、まだ残っててくれてた。
透明なガラスの向こう、シンプルなデザインのシルバーのイヤリングが並んでいた。
あの婚約指輪を探す際、レイチェルの視線がチラッと移っていたのを俺は見逃さなかった。
レイチェルは、本当に欲しいものは自分からはほとんど言わない。
昔から。
だから、俺が分かってあげなきゃいけないのだ。
「これ、見せてもらえますか」
店員に声をかけて、それを手に取る。
それからしばらくして、レイチェルと相談しながら白い皮の手袋を選んだユリウスは何度もお礼を言いながら去って行った。
俺には何も礼せずにな。あんにゃろ。
「うー、なんか予定よりも随分と計画が……」
ユリウスの相談など諸々あって結局、ブティックを出た時、チラッと見た時計塔の時刻は16:30。
日が落ちるのが早くなっており、もう夕方の気配がする時刻。
スケジュールからは乖離が出てることに頭を抱えるレイチェル。
うーん。レイチェルが喜ぶであろうプレゼントも選べたし、そんな気にしなくてもなぁ、とは思うのだが。
ただ、ミリーに言われたとおり、今日一日はレイチェルの言う通りに過ごすつもりなので、あまり意見は言えずにいるのだが。
……レイチェル。
大切な婚約者。
俺はお前の笑顔を守りたいんだ。
それだけが俺の一番気になるところ……なんだが。
「アハハハー! あれ? アシュ兄ちゃん!? それにレイチェルお姉ちゃんも!」
「あ! アシュレイ兄さんたちもデートッスか!?」
大広場の片隅、まだまだ残っていた雪を使って雪だるまを作ろうとしていたのはリアンとトライドだった。
おおー、彼らの前にあるのは中々に立派な雪だるまだが……なんか、横にもデカいぞ、これ。
お前らが作ったのか?
「うん! だって、ボスの雪だるまだもん!!」
あー、バルを模した雪だるまか。そりゃ、横にも大きくなるわな。
「ヘヘッ。リアンちゃん、この雪の塊で石碑みたいに『英雄バル・ライトイヤー』って書こうよ! そしたらこの雪だるまも皆が見てくれるッテ」
「あー! トライド君、それすっごく良いー! やろうやろう」
「へへへ、リアンちゃんに褒められたッス」
と、言ってたトライドだが、
「あ、リアンちゃん。その手袋、先が破れてるッス!」
「あれー? 本当だ。前にボスにもらったものなんだけど……」
「そのー、オレので申し訳ないけど、この手袋、使ってくれないッスか。女の子が手先を冷やしちゃ、ダメって言うし」
「え? いいのー? トライド君、ありがとー!!」
「へへ……うん!」
うーん、なんかこの二人、いい感じっぽいな。最初は歳の差がどうなのかなぁ、と思ったが。
昔からの幼馴染みっぽいというか。
「うー…………いいなァ」
?
隣のレイチェルは、何やらそれを見て羨ましがってるが。はて?
と、俺が疑問の目で見てることに気付いたレイチェルは、頬っぺたを膨らましながら文句を言う。
「私だって、あのくらいの頃からアッシュとあんな風にデートっぽく…………色々と二人でいたかったわよ」
恨めしそうにこちらをモノクルの奥のジト目で見上げる。
お、おう……そ、そーだった。俺がレイチェルの気持ちに気付いたのは、ごく最近であり……。
「……今だから言うね。私がアッシュのこと、好きって自覚したのはリアンちゃんと同じくらいの頃。あのヘルベの森で迷子になった時のことよ」
なぬ!?
ヘルベの森の迷子からって……確かあの時、レイチェルは8歳だったから。
え!? あの時から今までって……10年間も!?
「そうよ! ずっと、ずーっとアッシュのこと好きだったのに。全っ然、気づいてくんないんだもの、馬鹿アッシュ」
トンっと軽く俺の胸を叩くレイチェル。
「あの時……そう、迷子になって泣いてた私を助けにきてくれたあの時からアッシュは私の『英雄』なのよ」
レイチェル……お前はそんな昔から俺のことをずっと想っていてくれたのだな。
本当にありがとう。
「まあ、おかげで今があるって思えば全然良いのだけど。アッシュからプロポーズもしてくれたし」
そう言ってレイチェルは俺の左腕に自身の腕を絡ませる。その先の左手に輝くのは紅玉石の婚約指輪。
それを見て、レイチェルはニコッと微笑む。
プロポーズ……。
背中を冷たい汗が流れる。
おかしいな。
「どうしたの、アッシュ? 急に無言になって?」
いやいや、何でもない。何でもないぞ、レイチェル。
俺の想い自体は、レイチェルと一緒に居たいって想いはプロポーズと同じなのだから。
と、そんなことを話しながらリアンとトライドの雪だるま作りを二人で眺めていた時だった。
——ボスッ
突如、後頭部を柔らかい衝撃と共に冷たい何かが舞う。
「アハハハー! 兄ちゃん、雪まみれだーっ」
振り向くとそこにいたのはミゼルだった。その向こうには大広場で雪合戦をしている『バルスタア団』の子供たち。
おーおー、この寒い中で元気なこって。
じゃなくて、雪まみれになっただろーが、ミゼルー!
「もう、子供相手にそんなに怒らない。大人気ないわよ、アッシュ」
そうは言っても冷たいんだぞ、これ。
「あ、リアンとトライドもいるじゃん! おーい、皆で雪合戦しようぜ」
と、雪だるまを作ってる二人に声かけようとしたミゼルを脇のイワンが無言で引き止める。
「お、おい、どうしたんだよー、イワン。オイラたちの雪合戦に混ぜてあげるんじゃん」
しかし、イワンはそっと首を横に振り、
「…………二人には二人の時間がある。邪魔すべきではない」
「何だよ、それ。ちぇっ。つまんないー。じゃ兄ちゃん達も雪合戦、やろーよ!」
誰がやるか。
断ると、ミゼルはぶつくさ言いながらでもすぐに皆との雪合戦に戯れる。
あー見ると『バルスタア団』の皆もただの子供だよなぁ。
「あー!! まずいわ、アッシュ!!」
急に隣で大声をあげるレイチェルに俺だけじゃなく、雪合戦していた『バルスタア団』の皆まで、『?』を浮かべて彼女を見る。
彼女が指差すのは時計塔の文字盤。
ふむ。
17:10
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