⭐︎後日談⭐︎30.5章②『いと清しラヴァーズ達の生誕祭』
***30.5-2
劇場の受付で事前に購入していたチケットを取り出し、半券にモギリ取ってもらい、指定された座席に向かう。
「ほら、ここよ」
にこにこ笑顔で座るレイチェル。その手にはいつの間にやらレモネードのガラス瓶が2つ。
……よく、このタイトスケジュールで屋台から買ってこれたな。流石というか。
「だって、このオペラをアッシュと見るのが楽しみだったんだもの。折角なら美味しいレモネードを飲みながらしっかり観劇したいじゃない」
我が婚約者はそう言いながら片方を手渡してくれた。
礼を言って受け取り席に着く。
さて、肝心のオペラなんだが。
「いよいよね」
外へのカーテンが閉められ、劇場全体が暗くなる。そんな中、唯一明るく注目を集める舞台。
その幕が今、上がる!
……。
…………。
………………。
「すごかったわね、アッシュ! まさかあんな絶体絶命の場面で勇者がチート能力のスキルに目覚めるなんて。それでステータスフルカウントの真のラスボスだった悪の女神を、恋人の魔王と協力して打ち倒すなんてすごいストーリーだわ! 二人の愛の力が感動的だって前評判、よく分かる!」
「ああ……」
『チート』って何? 『スキル』って何? 『ステータスなんとか』って何?
終始、頭に『?』が浮かんでたが…………途中から気にしたら負けだ、と思って無の心境で見ることにした。因みに話の筋は全く理解できんかった。
『異世界転生もの』って何なんだよ……。そんなのが流行ってるのか。俺、よっぽど世間に置いてかれてるんだなぁ。あまりの理解不能さにちょっとショックだったぞ、流石に。
隣のレイチェルはやたらと感動している。てことはあの内容が理解出来てるらしい。
こんなに興奮して喋り続けるレイチェルは珍しい。
「な、何よ、急にジッと見つめて……」
俺がレイチェルのことを見続けてたことに気づいて気恥ずかしそうにこちらを見る。
「いや、レイチェルがそんなに楽しそうにしてるのが、俺にとっても嬉しくってな」
「え!? もう……えへへ」
そう言って俺の肘に腕を絡ますレイチェル。
その顔は少し赤くなっていた。
レイチェル。
俺はこのレイチェルの笑顔が好きなのだ。本当に。
だから、レイチェルが笑ってくれるなら、それで充分。
……話が全くわけわかめなオペラを見させられたとしてもだ、うん。
レイチェルの一推しカフェは、生誕祭(厳密にはその前日=イブだが)なこともあって、店内は満員オンパレード。
オペラが終わってすぐに店に辿り着くも店内に入るまで20分は待たされた。
席に着いた時点で懐中時計の針が示すのは、
13:30
「時間がズレてしまったわ! ……でも、まだよ。まだ間に合うはず……!」
おーい、レイチェルさんや。
カフェのテーブルに着くや否や、例の計画書を広げ、鉛筆で早速何やら書き入れていく。
「ええと、13:30からのカフェ滞在時間を5分短縮、その分、ブティックの移動時間を早めれば……ダメ! 計算が合わないッ!」
いやいや、そこまで無理せんでも。
「アッシュ!? これは大問題なのよ!? 予定がズレたら、“最強デート”が”ただのデート”になっちゃうのよ!?」
“ただのデート”でいいじゃん。レイチェルよ、そこまでこだわらんでもよろしいんではないですかいな?
「ダメ! 今日は”最強”じゃなきゃいけないの!!」
と言って、既に俺の話を聞きそうではない。
仕方ない。
レイチェルお勧め『今、クロノクル市で流行のハーブティー』を啜る。
なんせ、今日、俺が何を頼んでどう行動するかは全て計画書に指示されてるんでなー。
うん、美味し。
真剣な表情で、ジッと計画書を睨むレイチェル。
なあ、そんな計画書よりも目の前のパンケーキ、美味しそうだぞ。
「………………」
俺の言葉も右から左に、クロノクル市随一の天才少女はその集中力を極限にまで高めてらっしゃる。
そんな真面目なレイチェルも良いとは思うのだが、眉間に皺寄せして難しい顔をするよりもこんな日ぐらい俺はレイチェルに笑っていて欲しいのだがなー。
彼女の笑顔を守るのが俺の使命なのだから。
よし。
「レイチェル。ほい、アーンしてごらん……」
「え!? アッシュ……えええー!?」
一口サイズに切り取ったパンケーキをフォークで口元に持っていってやる。
と、計画書に集中していたレイチェルも流石に気づいて何故か顔を真っ赤にする。
ん? 噂の美味しいパンケーキを食べて喜んでもらおうと思ったのだが?
「た、食べさせてくれるの!? アッシュが!?」
いや、だからフォークで持ってったんだが。
「う、うんッ! ……ん」
真っ赤なまま、俺の差し出したパンケーキを頬張るレイチェル。
ほら、お前が言ってた通り、美味しいじゃん、ここのパンケーキ。
「え、えへへへへ…………できた、カップル同士の、アッシュからの『アーン』……。うへへへ…………こ、これで『カップルがクリアするべき課題』は一つ、クリアしたわ! ありがと、アッシュ」
そー言えば互いに食べさせっこするのが大事とか、前に言ってたな。これはそれ、か。
しかし…………何だろう。何やらレイチェルが、にへらにへらして笑ってるが。
確かに俺はレイチェルに笑ってもらいたいと思ったのだが。
それはこう、なんとゆーか、もっと自然な笑顔であってだな……。
「ぐへへへ…………」
えらい、口角がゆるんでらっしゃる。よだれが垂れ落ちそーなくらい。
ま、まぁ、レイチェルが喜んでくれるならそれで良いか……。
何やらその後もレイチェルから食べさせてくれ、とおねだりがあったため、俺が一口サイズに切ったパンケーキを食べさせることを繰り返した結果、当然の如く店を出たのは予定よりも大幅に遅れたわけで。
いやもういいだろ、スケジュール。気にせず気楽に行こーや。
と、俺は思ってるのだがレイチェル的にはそれは断じて許せないらしい。
「この後のブティックはそんなに混まないはずだけど、最後のレストランが混み合う時間に重なるかも。それを回避するには……」
何やらブツブツ言ってるが、うーん。
で、次の目的地、ブティックの近くまで来た時だった。
その場所とは不釣り合い、と俺の中では感じられるそやつが何やら店の前で不審げにウロウロしていた。
「おい、こんな所で何してるんだ、ユリウス?」
「ん? 貴様かアシュレイ。……こっちは忙しいんだ、貴様に構ってる余裕はない」
『貴様』呼ばわりから始まるのは、すこぶる機嫌が悪いよーだ。
「ユークリッド少尉、じゃない中尉、こんな所でどうしたの? 今日は非番なのかしら」
「レイチェル判事まで……いえ、自分は非番の身にて、ただこうして町の皆が祭りを楽しんでいる様子をその目に焼き付けているだけです」
……怪しい。とてつもなく怪しい。
お前、全然周りなんか見ずに同じとこぐるぐる回ってるじゃねーか。
てか、何でこのブティックの前なんだよ。普通にお客が店に入る邪魔してるだろーが。
「む!? そうなのか……邪魔になってしまうのか……うむ」
どー考えても店の前で、厳ついお前がウロウロしてたら、他の人が入りにくいだろーが。何を言うとるんだ。
「もしかして、だけど中尉、このお店に入ろうとしてたのかしら?」
そのレイチェルの言葉に、
「い、いや……そんなことは………………ただ、少し……」
ははーん。
ユリウスよ、お前、ブティックに入りたかったけど男一人じゃ、入りにくくてビビってたな? まぁ、店の中にいるのはカップルだらけだしな。
よーし、仕方あるまい! お前のために俺たちが一緒に入ってってやるぞ。
「もう、アッシュも中尉に意地悪しない。中尉、何か買いたいものがあったのでしょ? 相談に乗るわよ」
「……すまない、レイチェル判事」
一緒に店に入る提案したのは俺だぞ、おい。俺に感謝しろや、こら。
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