⭐︎後日談⭐︎30.2章③『金欠解決のサイドジョブたる代筆屋』
***30.2-3
その日、今日も今日とて注意と指導なる呼び名の妬み嫉みの邪魔を教授達から受けたワタシ——ファーマイオニー・グレタはいつものように自身の学生寮に帰宅する。
自室に戻る前に玄関先の集合郵便ポストをチェックする。
またしても大学からの修理代の請求票ね。こんなことまでして崇高なる実験の邪魔をしようとはね。余程、余裕がないらしい。
と、ポストの奥、いつもと違うモノが入っていた。
長方形の形をして材質は紙で構成される物体。人はそれを封筒と呼ぶだろう。
当然、その中に入っているモノは、所謂『手紙』と呼ばれる、場所的にも時間的にも離れた人同士のコミュニケーションツールとして活用される道具というのが普通だろう。
フフフ……普通ならば、ね。
近寄り、手で仰いで匂いを嗅ぐ。ウン、刺激臭は無いわ。
とりあえずは部屋に持ち帰っても無事なようね。
机の上、レターナイフでゆっくりと慎重にソレを解体していく。
封筒の中から現れるのは一枚の紙面。そう、これが『手紙』。
そこに書かれていたのは……
“我が妃に選ばれしファーマイオニー・グレタ。幸運にも其方は大いなるスローリー家の末裔である自分、ミゼット・スローリーの伴侶になれる許可を与えられた”
“歓喜せよ! スローリー家は、かのガイウス一族すら畏れ慄くほどの力と財産も持つ伯爵家であったのだ。我と共に一族再興の為、歩まん。その為にこそ我と契約をするのだ”
フッ。愚かね。
この程度のことでワタシを出し抜こうなど。
ワタシにはわかる。
これは明らかにワタシを図るための実験であることが。でなければ、単なる手紙などと言ったコミュニケーションツールを使用しようなどといったことは起こらないはずなのだから。
そう、この世の全ては予想を仮定して実験し計測する。その積み重ねの果てに万物の全て、未来がワタシの手によって明かされるのだ。
であれば。
ワタシは手の中にある『手紙』を見つめる。
こんな未知の物体が送られてきたのだから、試すのは当然ね。
そう、これよ。
手元のアルコールランプに火を点け、近づける。
ええ、謎は解けたわ。
「うおおーい! アシュ氏ー。報酬が入ったぞー!?」
おおー、ようやくか。
見たくもない奇行を観察し続けた甲斐があったというものだ。
「てか、なしてあんな内容でなーん??」
お前、絶対失敗すると思ってただろ、バルめ。
「アシュ氏、説明を求むッ」
わかったわかった。
ただ、時計塔を見ろよ。
その文字盤が示すのは、
11:55
屋台で昼飯を食べながらにしよーぜ。これで久しぶりに外食できるんだから。
「オーキードーキー」
久しぶりの大広場での昼食。
これまでは金欠のせいで家から持ってきたパンで凌いでたからな。臨時収入が入ってやっと屋台に行ける。
オニギリを頬張る。
うむ、美味い。
「アシュ氏ー、勿体ぶらんで教えてくれよー」
テラスのテーブルごしに唐揚げに齧り付きながらバルが話を急かす。
いや、勿体ぶってるんじゃなくて久しぶりのメシを味わせてくれよ。
まぁ、良いけど。
取り敢えず、ミゼットに見せた文面はお前も覚えてるよな。
「そら、僕もその場におったからなー。正直、あの文面で彼女がヨシと言うとは思わんかったぞー」
そら、あれだけならな。
「んー? あれ以外に何か書いとったんー?」
ああ。ただし、通常のままじゃわからない形でな。
「どゆこと?」
まあ、落ち着け。
そもそも、あの変人ファーマイオニーが手紙を受け取ってそのまま読むだけで終わるとは思わん。アイツなら手紙をそのまま普通に読むだけのツールと考えずに、それこそ切ったり溶かしたり燃やしたり何かとするんじゃないかと思った。
「それは……まぁ、ありそーだなー」
で、そこにレモン汁で書いた炙り出しの文章を仕込んでおいた。
「炙り出しー? ああ、それでレモンを買ってこいって言ったんかー」
うるさい。金が無いんだよ。
で、そこの炙り出しの文面は、
“科学の発展のためには実験が不可欠である。もし思うがまま実験がしたいならば、我が寮を提供しよう。我と契約する限り、そこではどのような実験も許される。崇高なる一族の末裔である我こそが全ての責任を負おう。唯一の条件は——実験結果を逐一、我に報告することだ”
それを見たファーマイオニーは、炙り出しの方が真意だと思い、契約すればいくらでも実験し放題と思っただろうな。
「それ、ミゼットの方はどーするんー?」
ミゼットは、彼女が自分のところに来るために契約した、と思ってるだろうな。
「そ、それってありなんー? なんか詐欺じゃね?」
どちらも嘘ではないぞ。ファーマイオニーは実験して破壊したら契約者のミゼットに報告に行くだろうし、それはミゼットにとって距離的に近くなるものだろう?
ラブレター屋は最初の距離を近づけるまでが仕事であって、そっから恋が生まれるかは知らんがな。
「アシュ氏、やはり小賢しいのなー」
ほっとけ。
「アッシュ……」
フと気づくと俺たちのテーブルの側に立っていたのはレイチェルだった。
俺の愛すべき婚約者。
あー最近は外食出来てなかったから、この大広場で一緒に食べることも減ってたな。
一緒にお昼でも、と誘いの言葉をかけようとしてその様子がおかしいことに気付いた。
いつもは優しいつぶらな瞳をキッと細めてモノクルの奥から俺を睨んでいる。
え? なんで?
「アッシュ……この浮気者ーッ!」
はぁ!? いや、浮気って……ないない! 濡れ衣だ!
「あくまで言い逃れするのね。じゃあ、グレタって誰よ!?」
グレタ? なんでその名を知ってる!?
「やっぱり! もう証拠は上がってるのよッ」
あ、もしかして昨日、ウチでゴミ箱から手紙の下書きを見たのか!?
あ、あれはちょっとした仕事で……
「言い訳なら法廷で聞かせてもらうからねッ」
「れ、レイチェル! 俺の話も聞いてくれないか!?」
「問答無用よ!」
怒り狂ったレイチェルの誤解を解くのに俺とバルは昼休み時間いっぱいを費やすのだった。
とほほ……。
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