⭐︎後日談⭐︎30.2章②『金欠解決のサイドジョブたる代筆屋』
***30.2-2
冬でも今日は少し暖かく感じる日差し。
その暖かな太陽の光の下、目的の彼女はいた。
腰まである波打つフワフワの黒髪を無造作に下ろしたまま白衣の彼女は大学の庭たる地面に直に横たわっていた。
いや、何あれ?
「今、最も大学で有名な学生なんで、聞けば一発で居場所がわかって良かったのだなー」
ああ、確かに。
じゃ、ねーよ!
虫眼鏡を片手に何をやってるんだ、アレは!?
「んー、多分だけどー。なんか目の前のカマキリの卵を虫眼鏡で観察……いや、日光を集めて焼いてるみたいだなー」
な、なんでそんな奇異行為をしてるんだよ、おい。
今まで出会った中で一番、ヤバい女性はセレスさんだと思ってたが、それに匹敵するかもしれん女性が現れたな。
っと。
「何ですか、貴方達は?」
地面に寝そべったまま、少し離れた位置で立ち尽くす俺たちを見上げて彼女、ファーマイオニーは問うてきた。
おかしいな。状況的にはそのセリフは俺たちのセリフなんじゃなかろーか。
「いや、何をしてるのかと思ってな」
「ふむ。ワタシの行動理由に興味があるわけですね」
いや、本当は無い。
「いいでしょう。ここにあるのはカマキリの卵です。カマキリは秋に卵を産みつけ、春になるとこの卵から無数の子カマキリが生まれます」
…………。
…………。
で、その先は?
「そうですか。分からないのですね、この実験の意味が。つまり、カマキリの卵は寒い冬をこの状態で過ごし春の暖かさで無数の子カマキリを生む。つまり、冬であっても暖かくなれば子カマキリが生まれる可能性があるのではないか、という実験です」
いや、季節的に無理だろ。というか、暖かくじゃなくって今その虫眼鏡で日光を集めて焼いてただろ、それ!?
「部屋の奥に閉じこもっている人も火事になれば我先にと逃げ出します」
逃げ出します、じゃねーよ。
いかん、会話が通じてるようで通じてない。
「で、貴方達の名前は?」
う、うーむ、名前を問われてしまった。
「僕はバズ・レフトイヤーなのだなー。こっちの彼はアシュリー・トーノン」
「バズ・レフトイヤーにアシュリー・トーノン。覚えておきますが、ワタシの実験の邪魔はしないで下さい。それが最低限の礼儀です」
そう言って再び寝転んだままカマキリの卵を虫眼鏡で焼き続ける。
こ、こんなヤツにどんなラブレターが有効だと言うんだ!?
「因みに、向こうにある学生寮の1階、大家の部屋から顔を覗かせてこちらを睨んでるのがミゼットさんだなー」
少し距離を取ったバルが俺の肩を引いて合図する。
大学の庭園の端、そこのアパートの1階、窓からカーテン越しに何やらこちらを睨んでる男。
半分顔が隠れるほどの灰色の前髪を下ろしてこちらを睨みつけるその姿はまるで幽霊みたいにも見える。
彼は俺たちがその場を去るまでジッと睨み続けていた。
これはどー見ても絶対無理案件だろ。互いに。
そもそも、何を書いても会話として成立するよーな気がしない。
「何事もまずは相手を知ることが大事なのだなー」
と、宣うバルを信じてそれから数日間、昼休憩時のみだが俺とバルで彼女、ファーマイオニーの行動を観察してみた。
二日目のお昼には、大学の暖炉の煙突をゴムボールで詰まらせた上に何やら暖炉の火に鍋を掛け、さらにレンガで暖炉を囲ってしまい、あわや火事騒ぎを起こして教授達にこっぴどく怒られていた。
彼女曰く、鍋から発生する蒸気の力で煙突内のボールを吹っ飛ばせるかを試したかったらしい。
三日目はなんか無数の風船を手にして大学の屋根から飛び降りようとしているのを教授や他の学生達に取り押さえられてる姿を見た。風船の上昇する力で落下の衝撃がやわらぐのか試したかったらしい。
四日目は小麦粉を燃やしに食糧倉庫に忍び込んで火をつけてた所をやはり教授達に捕えられていた。なんか、小麦粉が宙を舞った状態で火がつくと爆発するかを確かめたかったらしい。
……初日が一番まともだったじゃねーか。おかしいだろ。
そもそもこれだけのことを連日、巻き起こしておいてよく退学させられんのだな……。
「彼女、ガイウス一族の遠縁なのだなー。それで大学も辞めさせられんらしー」
……お前もよくそういう情報を手に入れられるものだな、本当に。
「『バルスタア団』の情報網は甘く見てはいかんのだー」
はー。
なるほどな。その情報網でクロノクル市の上層部に潜む『内通者』の存在や、『天使似』の秘密、『カルタ帝国との密約』を把握していたということか。
それならそれで最初から言ってもらえれば。
「それはこっちも同じなのだなー。僕のことを『バルスタア団』と見破っておきながら、ずっと言わなかったじゃんー、アシュ氏」
あれは一周目で正体を知った二周目だったから。と言っても仕方ないわな。
そんなアレコレを乗り越えて俺達は共にいる。
「で、ミゼットさんはあのファーマイオニーさんが自室で起こした実験で壁をぶち壊した時、粉塵の中から現れた彼女のシルエットに一目惚れをしたらしーんだなー」
そ、それは一目惚れが生じるシチュエーションなのだろうか。
いや、一目惚れって……何?
「彼曰く、『崩れた瓦礫の向こう、逆光の中に立つ彼女は、まさしく破壊の女神そのものだった……!』らしいよー」
どうやったら破壊の女神なんつー悪魔に惚れるんだ。
これはどー考えても詰んでるとしか思えんが……一応、確認しておこう。
「バルよ、こちらが書いたラブレターは依頼人が内容を確認してから出すのか?」
「うん、それは当然なのだなー。変な内容だったら依頼人に迷惑がかかるしー」
なるほど。そりゃ、そっか。
さて、今回の依頼。明らか無理案件だが……レイチェルへのプレゼント代のために、俺はここで負けるわけにはいかんのだ!!
ここまであの変人共に付き合わされて、ハイ無理でした、では割が合わんわい。
考えろ、考えるんだアッシュ。
これまでの状況を観察し、分析・推定を繰り返せ!
——ふむ。
もしかしたら、やりようはあるかもしれんな。
「えー! マジでなんー、アシュ氏」
ああ。
一か八かの賭けだが、上手くいけば……。
その為に用意するのは、だな——
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