⭐︎後日談⭐︎30.2章①『金欠解決のサイドジョブたる代筆屋』
***30.2-1
ピンチだ。
俺はこれまでの人生の中で最大の危機に瀕していた。
——いや、確かにこの前の町全体を巻き込んだ『刻戻り』の方が大変だったってのはそうなんだけども。
それはそれとして。
今、目下最大のピンチは——
金欠。
レイチェルの婚約指輪のため、これまで貯めてた貯金はほぼ底をついた。外食も無理なレベル。それだけなら何とかやり過ごせるのだが、もうすぐ生誕祭なる特殊なお祭りがある。
例年なら何もせず時が過ぎるのを待つのみだったので問題なかったのだが、何故か神様の誕生日がデート記念日にと変貌しているこのお祭りにレイチェルが期待していない訳がないのだ。
恋人を超えて婚約関係になって初めての生誕祭。レイチェルからはまだ何も言われてないが、流石に俺でもここで何も無しはマズイと言うのはよくわかる。
よって軍資金が必要である。
俺はこの窮地に際し、最大限の観察・分析・推定を繰り返した。
その結果、残された最適解は一つ!
「長々と言ってるけど、要は何か即席で稼げる仕事を教えて欲しいってことなんだなー、アシュ氏は」
分かってるならいいじゃねーか。理解してくれ、バルよ。
「それは教えてもらう立場の態度じゃないんだわー、アシュ氏。それでは何も紹介できないんだなー」
すいませぬ、バル殿。お願いします、何か良いのがあれば教えておくれです。
「気持ち悪いから普通に話して欲しいのだなー。で、どんな仕事ならアシュ氏はできるんー?」
まぁ、あまり大変じゃなければやれるヤツはやっていきたいが……。
「じゃあ、まずはスリを追い詰めて持ってる有金を巻き上げてー」
いや、そういう法に触れるものではないヤツだ、バル!
「捕まらなければ法に触れないのだなー」
んな訳あるかッ!
てか、バルよ。まだそんなことしてる訳じゃなかろーなぁ?
「そんな訳ないじゃん、アシュ氏ー。ジョーク、ジョーク、冗句だよー」
…………なんか信用できんヤツだな。
だが、仕方あるまい。
このピンチを切り抜けれるとしたらバルの紹介以外にはないのだから。
いつもの静寂が支配する我が職場。
クロノクル市立図書館。
およそ100万冊以上の蔵書が詰められているにも関わらず誰も来ない閑古鳥なそこにいるのは司書たる俺と同僚のバル。
ついこの間まであった連日の取材騒動は少しは落ち着いたらしい。
で、どーせ誰もここには来ないのだからと現状、最も困ってる大問題にバルの力を借りれないか聞いてみたのだが。
頼りになるのかならないのか……人選ミスったかな?
「……そんな疑わしい目をしてたら教えないのだなー」
すいません。何か良いネタがあれば是非です。
「最初からそーしてれば良いのだよー。んー、でもアシュ氏って剣も使えないし、体力があるわけでも無いし……何が得意なんだっけなー??」
クッ。おのれ、バルめ。
俺の得意なこと、特技……怠惰? いや、流石にそれは特技には入らんか。他は……『刻戻り』? いや、これは論外過ぎるだろ。
うを!? 俺、何が出来るんだ!?
「んー、アシュ氏かぁ。得意なのはその小賢しく回る頭脳プレイじゃないかなー」
何やら棘のある言い方だな、それ。
「だとすると、こんなのがあるのだよー」
俺の話を無視しやがったな、コイツ。
が、バルが紹介してきたそれは……
代筆屋、だと?
「そうなのだなー」
いやいや、クロノクル市は識字率が高い。書字率もまた。文字を書けない人など、ほんの僅かだろう。
「あー、そーじゃなくって。文字が書けない人の代筆屋では無くー。まぁ、言うなれば『ラブレター屋』なのだなー」
は? ラブレター屋?
「意中の相手にうまくラブレターが書けなくて、代筆屋を雇って書いてもらうってのがよくあるんだなー。特に元貴族どもの中で」
ほ、ほほぉ? そんなのが。
てか、バルよ。お前、元貴族とか大嫌いではなかったのか?
「嫌いだなー。だからそんな嫌いなヤツらからお金を分取れるなら気持ち良いのだなー」
そんなもんなのか? よく分からんが。
「代筆ならウチの職場でも出来るしやってみるかなー、アシュ氏」
おおー、それは内職みたいで時間的にも都合つけやすいな。
しかし、そんな仕事、お前は取って来れるのか!?
「『バルスタア団』のコネを甘く見てはダメなのだなー。僕に任せるのだー」
な、なるほど。では全面的に信頼するぞ、バル!
我が右腕の如き相棒よ!
「ほい、これがアシュ氏の初仕事なのだなー」
いや、何なのだこの依頼は。
「因みに、代筆名は『アシュリー・トーノン』なので、間違えてはダメなのだなー」
いや、勝手に名前を……まぁ、本名でやるわけにはいかんが。
にしてもだ。何なのだ、これは!?
もう一度、その依頼書とやらに目を落とす。
…………。
“我が名はミゼット・スローリー。そう元伯爵家であり、かのガイウス家すらかつて120年程前は恐れを抱いた大いなる一族、スローリー家の末裔である”
“そうだ、我が一族に脅威を覚えたガイウス家が、120年にわたり仇なし、爵位も財産も全て奴等が奪い去っていきおった。しかし、地位も財産もなくとも心に誇りを持つスローリー家の選ばれし最後の末裔である我がミゼット・スローリーは一族再興の為に庶民の分際である貴様に大いなる指令を与えてやる”
“我が栄光あるスローリー家の妃として選ばれしファーマイオニー・グレタに恋文を遣し、彼女の心を射止めよ。さすれば貴様の望み、叶えてやろう”
………………頭が痛い。
「因みに、これを依頼したミゼット・スローリー、32歳独身。兄弟なし、親族なし、スローリー家が最後に持ってるアパートを学生寮に貸し出して生活費を稼いでる状態なのだなー」
お、おおー。親族なしって、ホントに末裔の末裔そのものじゃねーか。それ、そもそも成功報酬は期待出来るのか?
「そこは何とかなるのだなー」
最低限はクリア、か。
「で、お相手のファーマイオニー・グレタさんはスローリー家の学生寮に特待生として住んでる19歳の女子大生で工学部蒸気機関科に所属。特技は実験による破壊でー」
待て待て待て!
いや、特技が破壊って何だよ。てかその前に、自分の学生寮に住んでるなら直接話せよ!
「そんなのが出来ればこんな依頼は来ないのだなー。ミゼットさんは普段、自分の部屋に引きこもりなのでー」
えらくハードル高いな、これ。
ところで、報酬が支払わられるのはラブレターが書ければ良いのか?
「んーにゃ。ラブレターを届けて相手からOKが出てからの成功報酬なのだなー」
ですよねー。そー甘くないわな。
しかし、依頼人もアレだし、お相手もヤバそーだし。
これは一体、何なのだ!?
「アシュ氏、もーすぐ昼休憩だし、この学生寮とか大学に顔、出してみるかいー? このファーマイオニーなら有名だからすぐにわかるかもなのだなー」
う、うーむ……。
気が進まないが、バルの言う通り。まずは敵情視察として行くしかない、か。
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