29章⑤『誰が為にリンギングな鐘の音か』
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「フフーン、アッシュ君、実は扇動者なんてことも出来たんだ。さっすがー」
いや、めっちゃ、からかってるでしょ、それ。
わかってますよ、自分のキャラじゃないことぐらい。
でも、レイチェルの応援をするって決めたんだ。ガラじゃないことでも、レイチェルを守るためならなんでもやってやるさ!
「はー、熱い熱い。こんな季節なのに」
聞いといて、何を勝手に言ってるんですかいな、セレスさん。
さ、最後の詰めなんで急ぎますよ。
「はいはーい」
「クッ!? 我が計画が崩れていくだと!? その様なことが有り得るのか!?」
「先生、もう諦めて下さい。あなたではこの町の民主主義は崩せない!」
「小娘がッ! 計画を邪魔する貴様ら……全てを消し去ってやる!」
その号令に大広場の壇上、クリフトンの周囲にいた支援者達がそのフードを脱ぎ捨てる。
そこに居たのはやはり黒マント達。曲剣を構えて、一斉にレイチェルへと襲いかかる。
それを阻止するため前に出るバルとユリウス。
あっという間に壇上は戦場の嵐となる。踊る曲剣の刃に、受け止めるユリウスの直剣。
レイチェルへと向かう黒マントをバルの回転蹴りが吹き飛ばす。そのバルの背中へと振り下ろされた別の曲剣をユリウスの直剣が弾き飛ばす。
まさに乱戦状態。
その混戦の中、その場にいた筈のクリフトンの姿が消えていた。
「え!? まさか……逃げた?」
そう、レイチェルが呟いた瞬間、
「貴様だけは、そのまま残しておくわけにはいかぬ! 計画を歪ませた根源の元、レイチェル!」
暗闇から躍り出たクリフトンが手にするのはあの、刺突剣!
「セレスさん!」
「承知、よ!」
ガキィーン!
壇上に駆け上ったセレスさんが、その凶刃を細剣で受け止める。
「ふんぬら、ばー!」
珍妙な掛け声で黒マントを回し蹴りで吹き飛ばしたバルが、振り返りざまにメリケンサックで刺突剣を叩き折った。
「先生、ここまでです」
クリフトンは肩を震わせる。
「バカな……こんな……こんな茶番でこの私が……」
ふと、クリフトンは壇上の時計塔を見上げた。
そこに刻まれているのは、クロノクル市の歴史。長きにわたる「罪の記録」……そして、それを見つめる市民の瞳。
「私は……私こそが、この町を手に入れ、世界さえも支配するはずが……」
クリフトンはふらりと足を踏み出し、膝をつく。
「……ああ、私は……負けた、のだな」
クリフトンは、初めて「敗北」を認めた。
そして、遅れて壇上に上ってきた俺を見る。
「なるほど……そう言うことか。全てはレイチェルと貴様だな、『改変者』アシュレイ。貴様達が計画にあった全ての襲撃チャンスを、この選挙結果ですら『過去改変』で今、こうやって阻止した、という事か」
あの30時間、繰り返した『刻戻り』。それがヤツの、襲撃の機会を奪い去ったのだ。
「敗北の原因はやはり『改変者』。狙うべきは『天使似の子』ではなく貴様だったわけだな……ならば、今ここで私を殺すがよい。『改変者』、アシュレイ」
しかし、その言葉にレイチェルが異を唱える。
「いえ、違います、先生。あなたが敗北したのは民主主義です。あなたは市民それぞれの選択の力を軽んじた。それが最大の敗因です」
レイチェルの目は大広場、そこに集う多くの市民を見ていた。
彼らの目に映るのは壇上で剣を叩き折られて跪くクリフトンの傍、凛と佇むレイチェルの姿。
それを目にした市民達は歓喜の声を上げる。
「そうか……そうなるのかもしれんな」
「ええ。なので、あなたの処遇も私が決めることではありません。民主的に、法廷であなたは裁かれるべきです」
市民達の声を受けたクリフトンは、その目を落とした。
まるで、憑き物が落ちたかのように。
波が引くように、徐々に民衆の混乱もおさまっていく。
黒マント達が皆、捕えられたのだろう。
「アッシュ」
ふと、レイチェルが声かけてきた。
レイチェル。
俺の婚約者。
小さな身体で、この大広場を見下ろす壇上からクリフトンと市民達と対峙して自分の思いを伝え続けた。
その思いは、今、皆の胸に届いている。
本当に、すごい天才少女だよ。
だからこそ、俺もその隣にいれるよう、頑張らなきゃな。
「違うわよ、アッシュ。アッシュが頑張ってくれたから私も頑張れたの。これは二人の結果よ」
え? いや、俺は今回、何もしてないが……
「もう、相変わらずなんだから。でも、こらからも何度だって隣で言い続けてあげるんだから。アッシュのすごさを。……ありがと、アッシュ」
そう言ってレイチェルは俺の胸に飛び込んできた。そっと、その背中を抱きしめる。
ああ、レイチェルがいる。俺の腕の中に。
この幸せを、俺は必ず守り続ける。二人で。
リーンゴーンリーンゴーン……
突然、鐘の音が大広場に鳴り響き渡る。
時計塔の時刻は、
20:30
本来の鐘の音は20:00の筈。
その音を耳にした誰もが不思議そうに時計塔をかえりみる。
そうだ、20:00の鐘の音が何故か聞こえなかった。鳴らなかったのか?
そして、何故この時間に……
わからない。
ただ、まるで、その鐘の音は俺たちクロノクル市民を祝福してるような気がした。
オフィエル達の祝福のように。
こうして、港町クロノクル市の最も長い二日間は終結を見せたのだった。
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