29章④『誰が為にリンギングな鐘の音か』
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「今の学校計画はギアスで私たちを支配しようという実験施設なんです。私たちはもっと自由で自分達自身で選べる学校を望みたいんですー」
いやミリーよ、あっさり言ってるがそれは中々の内容だからな。
案の定、記者達に捕まってる。
“そ、それは本当なのかね!? クリフトン市長の学校計画が……ギアスの実験施設というのは!?”
“こ、これは……もしかしたら大犯罪のスクープなのか!?”
“しかし、そんな無茶苦茶な計画が、本当に!?”
「ミリーたち、子供でも自分達で未来を決めたいです。同じ子供を、奴隷として帝国に売り飛ばすなんて犯罪をしていた人を市長に認めたくない。そんな人が、『ギアス』を使ってた人が建てた学校にミリーは行きたくない。行くなら、自分たちで考えた自由な学校にしたいんです!」
その小さな身体で大人たちに負けずに自身の思いを伝えるミリー。
自分たちの学校は自分たちで選びたい、と。強制的に大人達に決められて通わせられる学校はイヤなんだ、と。
そして、取り出したのは投票用紙。
「クリフトンさんが市長になるのは町にとって良くない、と思うならここに署名をお願いしまーす! ね、エルサちゃん」
一緒に回ってるのは同級生だろうか。複数人が用紙を持ってこの人混みの中を回っていく。
それとは別に動いているのは、リアン。
「うん、アタシも頑張るよー! だから貧民窟の皆、聞いてよ! 今の市長だと学校は、孤児院と同じで奴隷に売られてしまうかもしれないんだって。……アタシはヤだ」
そして、傍のトライドをチラッと見る。
「アタシは、トライド君と遊びたい。ミリーちゃんや、キケセラ姉さん、ミゼル兄ちゃん、皆といたい。今みたいに安全じゃない町はイヤ。だから、投票するね!」
「うん、オレもリアンちゃんと同じで投票するッス!」
「「ねー!」」
子供たちから、そしていつの間にか憲兵やあれは近衛兵か? 皆が集まった市民の中を投票用紙を持って回っていく。
市民の誰もが、自分がどうすれば良いか、とまだまだ戸惑っている。一人ずつ、疑問を聞き、それに応え、そして自らがどうするのか、答えを出していく。投票するもの、そうじゃないもの。
その動きは輪が広がるように群衆の間にどんどんと広がっていく。しかし、
「民主主義こそが私たちの未来よ!」
レイチェルの言葉に、市民たちは未だ迷っていた、のだが……
一人の老人が震える手で投票用紙を掲げる。
「……ワシは、この町の、子供達の未来のために、一票を投じたい。」
その言葉をきっかけに、次々と市民たちが投票用紙を掲げる。
「俺もだ!」「私も!」
群衆の中で、一人また一人と立ち上がり、投票用紙を掲げる光景は、まさに革命の始まりだった。
……ところで市民投票って何なんだっけ。
「……確か、クロノクル市国憲法だと、全市民の2/3以上の投票があれば市長を罷免できる、て話だったと思うけど。年齢性別問わず市民全体の、ね。……何度も言うけど、なんで自国民のアッシュ君が知らないのよ」
はい、すんません。
逆にセレスさんは何で俺の国に詳しいんだろうと思ったが、そー言や最初の頃、よく図書館で色々調べてはったな。それか。
てか、2/3はかなり高いハードルじゃないか!?
「そりゃそーでしょ。市長というか国家元首を罷免しようとするなら……でも、レイチェルさんはそれに挑戦しようとしてるのよ」
そうか……だが、レイチェルがそれをしようとするなら、
「ふーん……やっぱり、アッシュ君はレイチェルさんならそれが出来ると思うわけねー」
……なんすか、セレスさん。
まぁ、レイチェルなら、やると思ってやってるなら……出来ると思いますよ。
「よく分かり合ってるってことね。はぁ……過去改変でもっと数年前からクロノクル市国に来てたらなぁ」
何をよくわからんことを言ってるんですかいな。
……それよりも、このままレイチェルの計画通りに行けば、逆にマズイことになりますよ。
「流石ね。そちらに意識を回せるなんて、ね」
なので……宜しくお願いします。
「ええ、分かってるわ」
「ふざけるな! 私がいなくなれば、この町はカルタ帝国の支配下に落ちるのだぞ! 私がいるからこそ、この町は繁栄出来るのだ! ……何故にそれがわからぬ」
「先生……あなたの全てを否定するつもりはありません。でも、このやり方を私は認めない。民主主義ではないわ」
「民主主義だと? そんなもので町が、国が守れるとでも言うのか? 平和が守れるというのか!?」
「だからこそ、私はあなたに問いかける! あなたが恐れているのは、この町の市民が決めることそのものではありませんか!?」
そのレイチェルの言葉に、一斉に群衆の目が彼女に向く。
“確かに……”
“そうだよ、クリフトンさんは俺たちが決めることを恐れてるのか……”
レイチェル、お前の言葉、皆の心に届いているぞ。
本当にすごいな、俺の婚約者は。
「ええい! もう良い、所詮は愚民どもが……貴様らには選択権などは無い。やれ!」
「!? 何をする気!?」
クリフトンが懐から何かを取り出し、ライターで着火する。
その細長い筒状のものから、打ち上げられたのは……夜空に輝く花火。
すかさず、バルとユリウスがレイチェルを庇うように前に出る。
「クハハハッ! 折角の市長選が君らのようなテロリストに邪魔されるとはな。テロは未然に鎮圧させてもらう!」
「テロですって!? 私たちは民主的に……」
いや、レイチェル、ヤツはもう別の方法を選んだ。
言葉で立ち向かえる次元を超えたのだ。
突如、市民の中で悲鳴が上がる。
それも一つや二つではない。大広場のあちこちで同時に。
群衆の中、突然、そのフードを脱ぎ捨て現れたのは黒マント!
やはり、群衆に紛れて入り込ませていたな。
「アッシュ君」
「ええ、ワルターさんに合図を。こちらも動きます」
予想していた通り。
ワルターさん伝いに近衛兵達には港のアルサルトの船を抑えに向かってもらってるが、事前に潜入していた部隊がいたわけだな。
「バル! ユリウス!」
壇上の二人に声を掛ける。
「ああ、憲兵隊は12番隊中心に。市民を守れ!」
「『バルスタア団』はキケセラを中心に、潜んでる黒マントどもをサーチ、見つけ次第、憲兵に報告するのだなー!」
そうなのだ。
そもそも、この群衆の中に潜む黒マント達を先に見つけるため、市民を守るために『市民投票』と呼びかけして、それぞれ群衆の中を見回っていたのだ。
怪しい奴らには、既にマークしている!
「アッシュ君の読み通り、ね」
今のところは、ですがね。
大広場のあちこちで混乱が、悲鳴が、戦いが始まる。
俺の指示通り、『バルスタア団』の少年少女と憲兵が1:1でタッグを組み、未然に黒マントの襲撃を防ぐようにしているが、完全では無い。
市民達の悲鳴、混乱はどんどんと広まっていく。このままでは怪我をする人も出てくるだろう。
——やるしか無い、か。
「みんな! このまま俺たちの民主主義が暴力に汚されてしまっていいのか!? 俺たち自身も民主主義のために立ち上がらなければならないんじゃないのか!」
大広場全体に届く様に身体の底から大声で張り上げる……ガラじゃないんだよ、こんな役回り。
だが、最初の火付け役は誰かがしなきゃいけない。そのタイミングが遅れれば、どうしようもなくなるからな。
「そ、その声は……“幼馴染み”君じゃないか!?」
俺を“幼馴染み”君なる奇異な呼び方をするのは記者のトッド。
当然だが、彼もここに居たか。
「そうだよ! 僕たちの民主主義は僕たち自身で守らなきゃ! 僕はペンでも戦う! そして今は皆を守るために立ち上がるんだ!」
そのトッドの言葉にただ逃げ惑うだけだった市民達が、少しずつ立ち上がる。
“そうだ、俺たちも立ち上がるんだ”
“民主主義のために!”
“俺たちが、子供に守られてるなんて……俺たちだってやらなきゃ”
市民の中、男達が黒マントに立ち向かう。当然、そのままでは逆にやられてしまうだろう。だが、それでも周りの女性や子供を守って見せる。
絶対に屈しない!
そんな気迫が、思いが、民衆の中を駆け抜けていく。
戸惑う黒マント達。
そこへ駆けつけた『バルスタア団』と憲兵がそれぞれ、黒マントを倒していくのだった。
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