29章③『誰が為にリンギングな鐘の音か』
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気がつくと、大広場は元の状態に戻っていた。
誰もが今、起こったことにただ、戸惑い、何も言えず。
しかし、目の前の時計塔は、その四面の壁にこの町の罪を突きつけていた。
ここに集まったクロノクル市民は知ってしまったのだ。自分たちの町が児童奴隷、ギアスという犯罪を元に成り立っていた事を。
——そして、それは今もまだ続いていることを!
「騙されるな、市民の皆さん! これは何らかの陰謀だ」
「では、先生は『ギアス』の仮面を所持してないと誓えますか!?」
「…………」
レイチェルの指摘に一瞬、押し黙るクリフトン。
そこに隙が生まれる。
「へへーん! 流石のアンタも油断したみたいね! ユリウス、受け取りなさーい」
「クッ、貴様!」
それはこの騒動の中、密かにクリフトンの背後に迫っていたキケセラだった。ヤツの懐から抜き出したソレは——『ギアス』の仮面!
ここに集まった誰もが、つい先ほどオフィエル達がイメージで見せつけたその仮面と同じソレが、ユリウスに投げ渡されるのを見る。
『ギアス』の仮面はユリウスの手の中に。
「クリフトン先生! この仮面こそが先生が『ギアス』を使い、数々の犠牲者を出し続けていた証よ。ここにいるクロノクル市民の皆があなたの犯罪行為を知ったわ。これでもまだ言い逃れをするつもりかしら」
ユリウスが頭上に仮面を掲げる。そして、
「強制的に人を支配する仮面は、私たちの民主主義に不要よ! 破壊して!」
ユリウスは、その仮面を手にした直剣で叩き斬る。
仮面は真っ二つに破壊され、その上から更に足で踏まれて粉々になる。
ああ、何人もの人生を狂わせてきた悪魔の仮面。オフィエル! これでギアスを破壊したぞ!
「レイチェル、貴様ァッ! よくも、やってくれたものだ」
『ギアス』の仮面を破壊されて流石に今までの余裕は消し飛んだようだ。
市民達、特に壇上の前列に集まっていた記者達はこの空気の変化に敏感だ。
“これは……レイチェル判事の言っていた事が真実だったのか!?”
“し、しかしあの仮面がそんな犯罪だった証拠とは限らないのでは?”
“じゃあ、さっき見たのはなんだったのよ!?”
“あ、あんな夢みたいなのが……”
“ガイウス家の陰謀だ、全て!”
“でも、皆、同じ白昼夢を見るなんて……変じゃない!”
“時計塔の壁はギアスを、児童奴隷のことを書いてるぜ”
そのざわめきの中、クリフトンの顔が歪んでいく。
俺はその中、ワルターさんへの言伝がうまくいったことを確認する。
そして、戻ってきたキケセラに『バルスタア団』の皆の力を貸してもらうように伝え、次の指示を。
壇上、バルがこちらを見て、分かってる、と言いたげに頷く。
そう、ヤツは、俺の同僚は些細なことでもすぐに気付いてくれるのだ。
我が右腕の如き相棒よ。
「こっちは準備OKよ」
戻ってきたセレスさんに頷いて行動を開始する。
「この町の原罪というのは全て過去、しかもそこにいるガイウス家が行ったものではないか! そのガイウスと共にいるレイチェル、お前こそ、この町の悪、そのものでは無いのか!?」
“そうだ! 悪いのは全てガイウス家だ”
クリフトンの言葉に市民も呼応する。
「他国から多額の賠償を求められかねない過去を掘り起こすなど、町を滅ぼす気か。レイチェルよ」
“昔のことを俺たちに押し付けるなよ。今の俺たちには関係ない!”
そういう声もあるだろうな。
こうして、目の前に過去の事実がわかっても自分たちのこととは受け止めきれない人々。
でも——
「確かに、過去のことです。ですが、事実でもあります。皆さん、自分たちのこの祖国、クロノクル市国が好きではないですか? 私は好きです。綺麗で美しく皆が平和に過ごせる裕福な国。でも、好きだからこそ、私はこの祖国のために犠牲となった罪に向き合いたい」
そして、レイチェルは自身の背後、そこには従弟のウォルフガングに支えられて立ち尽くすジーグムントを見やる。
「ジーグムント元市長は今、ここにいる。ガイウス家の、自身の罪を認めて、償おうとしている。だからこそ、私は彼と共にこの町の原罪に向き合いたいと思っているのです」
レイチェルの清廉な言葉が民衆の中を突き抜けていく。
“……どう償うんだよ、こんなの”
“レイチェルさんは……本気で言ってるの!?”
「ええ。私、いえ私たちはこの時計塔に刻まれた犠牲者の祖国を回る予定です。一人ずつ。そこで何が出来るかはわからない。それでも、私たちの町の犠牲になった彼らへの謝罪と償いをしていきたい!」
レイチェル……。
やはり、レイチェルは真っ直ぐだ。お前なら必ず出来るはず。俺も、共に支えていくさ。
だからこそ、
「そして、過去だけじゃない。今も続く『ギアス』の犯罪行為。……クリフトン先生、あなたが加担していた事実をお認めになりますか?」
そう、クリフトンをこのまま市長になるのを阻止しなければならない。
オフィエル達、シクルドとの契約。ヤツを止めるのだ!
「ククク……君が何を宣おうと、既に結果は出ている。事実? そんなものは君が好きに語っているだけではないか? 問おう、市民の諸君。君たちが望むのは何なのだ? 過去に囚われ、諸外国に搾取され落ちぶれる未来なのか、それとも強いリーダーに率いられ、あの帝国さえも恐れられる超大国となる未来なのか。フッ、この町に必要なのは世界に対抗出来る強いリーダー、私なのだよ!」
クリフトンの演説に威圧されるかのように騒めきが駆け巡る。
なるほどな。
『刻戻り』中のヤツの言葉を思い出す。
ヤツは自らの行いに一片の迷いもなかった。
“善も正義もない”
そう言い切ったヤツは純粋な悪、そのものだった。
自身の思いのまま、オフィエルの様な不幸を生み出してでも国のため、世界のためには良しとする。それが“強さ”、なのか。
「いいえ、それは違います!」
誰もがヤツの言葉に圧される中、躊躇わず真っ向から反論するのはレイチェルだった。
「それは強さなんかじゃない。正義じゃない。本当に大切なことは、私たち市民が自分で決める力こそ、そう、民主主義こそが大切なのよ!」
誰かに引っ張られるのではなく、俺たち一人一人が考え、決めていくこと。
それこそが、民主主義の正義。
「だからこそ、市民の皆さん。私はこの市長選の結果に対し、クロノクル市憲法第17条の市民投票を提案します!」
おおー、と群衆がどよめいた。
“市民投票……”
“俺たちが決めるのか!?”
「クロノクル市民の皆さん! 今までの事実と罪を知って本当にこの男を市長に選んで良いのか、それを決めるのはあなた達よ!」
賽は自分たち市民に投げられた。それを知った民衆は戸惑う。
“し、しかし、クリフトンさんは実績もあるし……”
“でも、児童奴隷なんて犯罪行為を隠していたのよ!”
“それは……事実かわかんないじゃないか”
“しかし、時計塔の告発とさっきの夢みたいな出来事はどうなるんだ!?”
皆が皆、何が正しくて、何が良いのかがわからずただ困惑が広がる。
その中、人混みの中を走り抜けるのは——ミリー!
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