28章④『背徳者にアベンジングな我ら』
***28-4
俺は、レイチェルから見て右方向に跳ぶ。
俺を追いかけた刺突剣の切先は俺の胸を貫き……そして空を裂く。
「やはり……『過去改変』中の姿か!」
すぐに悟られる。だが、それも計算内!
頼む……間に合ってくれ……。
レイチェルが向かう出口。その扉が向こう側から開け放たれる。
そこに立っていたのは——
「ご無事でしたか、レイチェル判事!」
ユリウス・ユークリッド。
その奥の通路に黒マントどもが倒れ伏している。
ヤツらの包囲網を崩してくれたのだな、ユリウス!
「もはや、判事長の策は明るみになっている。大人しく投降を促します」
次々とユリウスの背後から雪崩れ込む憲兵隊。
「気付いてくれたのだな、ユリウス」
「ああ、アシュレイ。ここが『刻戻り』中なのは、二つの世界を経験した俺には分かった。だから、この場に間に合った。もう一人も彼女の奪還に向かっている。そこの庭園に迎えに来ている筈だ」
ああ、お前たち! よく気付いてくれた!
この無数の可能性が交錯する世界の中で。
そう、同じ時間帯で、過去改変を繰り返すことで、改変前と改変後、2つの時間軸を認識。それは、この『刻戻り』中に置いて、『未来を知る』こととなる!
そして、ユリウスの言うもう一人。それはバルのことだ。リアン奪還のために異なる時間軸を認識して動いてくれているのだ!
「ここは、レイチェル判事は俺たちに任せろ!」
「ああ。だが、13:30までは絶対に死ぬな!」
「わかった」
「アッシュ! ……必ずよ」
一瞬、レイチェルと視線が絡む。
“大丈夫。俺は絶対にお前を救ってみせる”
“アッシュ……うん、信じてる。いえ、愛してる!”
そうだ。俺はお前を、いや、全てを、この町を救ってみせる!
そして、倉庫の石壁をそのまま突き抜ける。
倉庫の壁向こう、裁判所の側にある例の庭園。
既にそこにはバルが先回りしていた。
「リアンーッ! トライドー! どこにいるんだー!?」
確か、トライドの話ではリアンとこの庭園で落ち合って、でも庭園に飽きたリアンが高台の公園へと向かったはず。
「んなーっ!? んじゃ、公園に二人が!?」
そのはずだ。急ぐぞ!
「らじゃー!」
走る。走る。
時計塔の時刻は13:25。
あと5分のみ!
「キャアーッ」
「リアンちゃんー! こ、こいつらッ」
公園に辿り着く俺たちの前に、黒マント達が二人を襲う姿が。
リアンにも、トライドにも同時に黒マントがその手にする曲剣を向けていた。
「アシュ氏!」
どちらに向かうべきか迷うバルが目線で俺に指示を仰ぐ。
どうする!? どちらにバルを……。
脳裏によぎるのはボロボロの状態で俺たちに合流するトライドの姿。
そうだ。
リアンはクリフトンにとって捕え保護すべき対象のはず。怪我を負わせるはずが無い!
「バルはトライドをカバー! リアンは俺が守る」
「オーキードーキー!」
走る勢いのままバルは黒マントの刃をその手のメリケンサックで受け止め、弾き返し——そのままタックルのように押し倒す。
リアンに向かう黒マントの曲剣の刃。その前に立ち塞がり。
「逃げろ、リアン」
「うん」
これで、ヤツが躊躇すれば逃がせるはずだった。
だが、黒マントは何の躊躇もなく、その刃を俺ごと、そしてその背後にいたリアンも貫き……
「イヤアァッ」
なぜだ……なぜ、こんな事に……
リーンゴーンリーンゴーン……
視界の端、時計塔の針が示すのは、
13:30
マズい。このまま『刻戻り』が終了するのは……リアンが大怪我を負った事実で確定してしまう!
俺の脳裏によぎるのは……そうだ、黒マントに下された命令の最優先事項は、『アシュレイの抹殺』。ならば、俺の姿が見えた時点で、それが優先されるのが筋だったのだ。
間違えた……俺は間違えた……。
世界が灰色に、静止する。
頼む、もう一度、もう一度、やり直しを! 『刻戻り』を!
事態は無慈悲に進んでいく。このまま、全てが灰色に染まり切り……。
《クハハハッ! ヒャハハハッ》
突然、脳裏に直接、打ち付ける甲高いその笑い声は今までの天使達の声とは大きく異なるものだった。
これは……いや、コイツは……まさか……!?
《ああ、アシュレイ、お前の苦しみ、嘆き、心地よいぞ。これほど心躍ることはない。フハハハハッ!》
淡い燐光を纏い、宙に浮かぶその姿は——シクルド。
な、なぜ、お前が……いや、そうか。
『刻戻り』は『天使似』の強い怨讐の念。お前も、怨讐を抱いたまま死を。
《そうだ。だが、オレの怨みは残念ながらお前ではない。残念だがなァ》
俺ではない。だとすると、それはやはり。
《お前の思う通りだ。オレにギアスの呪いを掛け、オレの全てを奪ったあの男。クリフトン・ノギニウス》
そうか。お前もそうなのだな。
《だからこそ——アシュレイ、貴様はオレと契約しろ! アヤツを、クリフトンを止めろ!》
お前も、オフィエル達と同じ想いなのだな。
《オレの様な、オフィエルどもと同じ者たちを生み出すな。その根源を消し去れ、アシュレイ! その為に、オレは貴様に更なる力を授けてやる》
なんだ、それは……一体!?
《答えろ! オレと契約するか、否か!》
ああ。
お前たちのような『ギアス』の犠牲者をもう、これ以上、出させてたまるか。
だから——契約だ、シクルド!
《成立だ、アシュレイ! 契約を守れ。ヤツを必ず止めろ!》
わかった。それが俺と、お前の契約だ!
瞬間、世界が反転する!
「アシュ氏!」
バルの声が響く。
その瞬間、俺は悟った。
——この場面を俺は知っている! たった今、俺が失敗した場面だ。
だが、違う。
俺は、今度こそ間違えない!
「バル! リアンをカバーしろ」
俺の言葉にバルが迷いなく従う。俺の選択は——もう、正しい筈だ!
そして、俺はトライドの方に回り、
「さあ、お前たちの目標は目の前だ!」
「!」
即座に俺に向き直った黒マントがその曲剣の刃を俺に突き立てる。
が、当然の如く、実態のない俺には刃は刺さらない。
その不可思議さを理解する前にトライドが片手剣で黒マントの曲剣を跳ね飛ばし、その首に切先を突きつける。
「ふんッ、こっちも片付いたのなー!」
「ボスー! ありがとー!」
リアンの感謝の声にトライドは微妙にため息をつく。
まぁ、自分が彼女のヒーローになりたいって気持ちはわかるがな。
大丈夫。これからだ、トライド。
リーンゴーンリーンゴーン……
時計塔の鐘の音が鳴り響く。
視界の端、時計塔が指し示すのは、
13:30
全てが灰色のモノトーンに染まり、世界は静止する。いつもの『刻戻り』の終わりだ。
俺は……やり遂げたはず。レイチェル……。
いや、これは……なんだ?
いつの間にか、制止した世界に少年少女ら、オフィエル達が淡い燐光を纏って俺を取り巻いていた。
これは……一体……?
《世界の修正……運命の改変……君はその全てをやり遂げた……》
《友の、仲間の、想い人の希望を背負い……》
《そして、我々の想いも背負い……》
《この怨みも、憎しみも、それは彼方……》
《だからこそ……我々は改めて……》
——この町を、世界を、君に託そう。
その言葉を最後に、世界が反転する。していく。
——おい、シクルド。お前、そんな笑顔も見せれるんだな……。
そして、世界は反転していく。
世界は反転。
…………
⭐︎⭐︎⭐︎