28章③『背徳者にアベンジングな我ら』
***28-3
俺の胸から大きな針のような刃が背中から突き抜ける。
彼女に伝えようとした言葉は留まり、別のナニカ、喉から込み上げるソレを吐き出す。
血塊。
「これで、終わりだな」
刺突剣を俺に突き刺したクリフトンが満足そうに笑う。
「君が何度抗おうと、運命は変えられない。それにそもそも変える必要があるのかね? そう、この世界は私の手によって理想的な、それこそ平和な社会に近づいている。全てが私に思い通りの……そう、争いのない世界に。諦めて受け入れたまえ」
こいつは……世界そのものを変えるつもりなのか!?
凄絶な痛みが俺を貫く中、ヤツは宣言する。
「私はね、アシュレイ君。愚民どもの行動には失望したのだよ。愚かにも同じことを繰り返し争いをやめない。であれば、私こそが君らを導くのが寧ろ世界平和の道理というものではないかね」
まだだ……まだ……
大使館、最上階の窓から覗く時計塔の針は19:29。
刺突剣が俺の背中から引き抜かれる。そして、背後のクリフトンが再度、それで俺にトドメを刺そうと。
「行って、アッシュ君! 過去を……未来を変えて!!」
血まみれのセレスさんが俺に飛びついて押し出す。刺突剣が彼女を貫く。
くそッ! 分かってる!
セレスさんがくれたこの刹那。『刻戻り』に至るまでのわずかな俺の命。
震える足で俺は、その場から離れる。
少しでも、時間を稼ぐんだ。
まだ窓から見える時計塔は19:29のまま。
針よ、動け!
窓に向かう俺の身体を再び、ヤツの刺突剣が貫く。
グハッ
込み上げる血と、痛み、熱さ。それは命の塊とでも言うやつか。
全てが流れ出ていく。
「これで終わりだ、アシュレイ・ノートン」
いや、終わらせない。皆が、セレスさんが、レイチェルが繋いでくれたこの絆。
俺が繋いでやる、未来へと!
意識が途切れそうな中、俺は睨み続ける。
時計塔の針を。
それはゆっくりと動き……19:30を指し示す!
瞬間、針が急に変わり、再び指し示すのは俺が願う時刻。
13:30
レイチェル……。
文字盤の針が動いて、その時刻を指し示すと同時に、文字盤と2つの針に蒼く光る炎が灯る。
全てが制止して、灰色の世界に覆われていく。
さあ……来い! オフィエル!
《ウフフ……》
《アハハ……》
脳裏に直接響く笑い声。
青い燐光を纏った天使達がその姿を見せる。
《全ての希望が潰え、君にはもう未来はない……いや、戻る現在すらも……》
そうだな、もう俺には、『今の俺』には未来も無い。
《君は全てを、友も仲間も掛け替えのない恋人、そして君自身の命すら失った……》
ああ、全ては失われた。レイチェル、セレスさん……。
《君に唯一残されたのは、過去への終着点のみ……》
そう、これが俺に残された最後の『刻戻り』。
これが失敗に終われば、もう俺に残るのは未来の無い『死』のみ。
だが、それでも!
俺は全てを、未来を変える! 皆の想いを背負って!
ここに立っているのは俺だけじゃない。俺を支えてくれた皆、バルやユリウス、ワルターさんやセレスさん。
そして、レイチェル……。
その想いを……無駄にはさせない!
だから、オフィエルよ。
俺に、最後の『刻戻り』を!
《いいだろう。世界に、運命に叛逆する意思、認めよう……》
《我らが成し得なかった未来を……》
《この深き怨讐と共に我らは君たちに託そう……》
——行くが良い。我らの希望、絆を結ぶ者よ!
瞬間、世界が反転する。
ここは……いや、すぐに判別せよ、アッシュ!
例の裁判所の倉庫だ。
目の前に対峙するのは法服姿のレイチェルと黒のフード姿のクリフトン教授。
懐中時計は13:15。
全ての傷は消え失せている。
ああ……レイチェルが……俺の前でいる!!
「先生、あなたが全ての黒幕だったんですね……」
「ほぉ、あの手紙の痕跡からそこまでをよみとるとは。レイチェル君も読みが鋭くなったものだ」
ニヤリと笑ったクリフトン。そしてその背後の扉から黒マントどもが。
……急に部屋の片隅に現れた俺には二人ともまだ気付いてない。
落ち着け。
本来なら、恐らくはこのまま二人の会話が続き、13:30頃、予定時刻に訪れた俺とセレスさんの前でレイチェルは……。
頼む。
最初の初撃は防げてもその次までは防ぎきれないんだ。
だからこそ、この場の罠に気付いてくれる救助者がどうしても必要となる。
先の『刻戻り』で『過去改変』となった者ならば……元の時間軸から別の時間軸へと行動が変化させられた者ならば、この今の『刻戻り』中の可能性に気づけるはず!
だから、頼む。
この『刻戻り』の世界を認識してくれ!
「貴様、いつの間に!」
「え!? アッシュ、どうして!?」
くそ。やはりこちら、クリフトンに気付かれないままは無理だったか。
「チッ! ……この異常事態、どちらも逃すわけにはいかん」
クリフトンめ。
素直に最終目標である俺だけを優先してくれれば良かったのだが、やはり急にこの部屋に出現した俺の様子に『刻戻り』の可能性を考えやがった。レイチェルも逃すつもりはない、か。
ならば。
クリフトンとレイチェルの間に躍り出る。
「レイチェル、逃げろ!」
「う、うん!」
振り向いて背後の出口へと逃げようとするレイチェル。その視線は俺の左手の紅玉石の婚約指輪を一瞬だけだが、捕えていた。
“アッシュ、今は『刻戻り』なのね?”
“ああ、そうだ。だから俺に任せてレイチェルは逃げるんだ!”
“うん、わかった!”
俺とレイチェルは全てを目線だけで互いを理解する!
「逃すか!」
逃すまい、と追いかけるクリフトン。
「レイチェル、横に跳べ!」
「え!? ……うん!」
クリフトンの前に立ち塞がる様にしてレイチェルの姿を隠す。
一瞬。
僅かな間だが、クリフトンは逡巡する。だが、右手に掲げる刺突剣を握りしめる。
ヤツの考えは——俺ごと先に逃げるレイチェルをその手の刺突剣で貫く。
俺とレイチェルの逃げる方向が重なれば二人とも貫ける、と。
だからこそ。
俺は、レイチェルには『横に跳べ』としか言わず。
ヤツに、レイチェルの跳ぶ方向を悟らせない! そして、
——レイチェルなら、困った時は『左を選ぶ』!
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