28章②『背徳者にアベンジングな我ら』
***28-2
「……それ、敵の本隊じゃん。大丈夫なんー?」
わかってる。だが、近衛連隊自体をなんとかしなければ、どうやってもクロノクル市は内乱で滅んでしまう。
「わかった。俺が案内しよう。ここの指揮、並びに第12番隊はバル・ライトイヤーに任せる」
「任されたのだなー! 記者さんや民間人は本部中央に。『バルスタア団』は周囲警戒体制に移行してヤツらの動きを把握するのだー」
皆が、憲兵達も、『バルスタア団』も、その場に居合わせた記者達もバルの言葉に従う。
さあ、時間がない。次の手を!
近衛連隊本部は市庁舎の直ぐ側にあり、中心街からはほど近い。
とは言っても5、6分は全力疾走でも掛かった。
町はまだ何も起こってない、平和な様子でいつもの喧騒を見せていた。
……これが、何もしなければ戦乱の渦に叩き込まれてしまうのだ。
俺は、絶対に阻止してみせる。
門番の制止をユリウスは分隊長の証で強引に入り込む。
時計塔の時刻は12:45。
残された時間はもうあと5分しかない。
近衛連隊本部内に入り込んだ俺たちは目の前に広がる光景に絶句する。
本部中央の広場には重厚な鎧と鉾槍で完全武装して隊列を組む近衛兵達。そして中央にいる、あの厳ついオッサンは……。
「あれが、近衛連隊大隊長、ウォルフガング・ガイウス。……ジーグムント市長の従弟だ」
なぬ!? ジーグムントの従弟だと!?
それは……一筋縄ではいかんかもしれんな。
「わざわざ、この場に憲兵隊分隊長殿が来たということは……我らの動き、どこで知った?」
当然ながら情報の漏洩を警戒する大隊長、ウォルフガング。
既に周りの近衛兵達がその鉾槍を俺たちに突きつけている。
中々の状況下だが、こちらも時間の猶予が無い。
悪いが直ぐに本題に入らせてもらう。
「大隊長、この後、近衛連隊が市長からの命令で戒厳令を出し、カルタ帝国の特殊部隊と共に町を戦乱に陥れる形になるのはもうわかっている」
俺では直接言及出来ない未来の部分はユリウスにまず切り出してもらう。
その言葉に周囲の近衛兵達も『おお……』と驚愕の声をあげる。
そりゃ、機密事項を簡単に漏らされれば、な。
「その結果、町はこうなる」
次は俺の番だ。
大隊長の目の前に、例のモノ。
そう、記者トッドが命をかけて書いた、町が戦乱に巻き込まれた様子の記事とその写真を見せつける。
「これは……どうやって!?」
「俺は、未来でこれを見てきた。俺が『改変者』だ」
「貴様が!? ……例の!?」
よし。
近衛連隊にまで、クリフトンの最終目標である俺こと『改変者』の情報が届いているかどうかは、正直、賭けだった。届いてなければそれはそれで、やり過ごすつもりだったが、やはりヤツにとっては逃すことの出来ない目標である俺については町を包囲する近衛連隊にも情報を流していたか。
「近衛連隊がこのまま命令に従えば町は滅ぶぞ」
ああ。特に写真は如実だ。町の滅びゆく様を確実にとらえている。
それが真実であること、それはコイツにもわかっているはず。
「……我らは市長直轄の軍だ。市長がそれを望むなら……」
「ガイウス家の者が本当にこのクロノクル市の滅亡を望んでると思うのか? お前もガイウス一族ならわかるだろう」
「貴様、何が言いたい」
「市長は操られている」
その事実にウォルフガングは顔を歪ませる。時間は……もう残りわずか。
コイツも、ガイウス一族ならば……その違和感、理解できるかどうか。
最後のダメ出しだ。
「今、ジーグムントは市庁舎から出てきていない筈。それはとりもなおさず、自身では望んでいないからだ」
「…………」
そして、一枚の紙を取り出す。
それは……命令撤回書。
「こ、これは……!?」
「操られながらもガイウスとしての自我を取り戻したジーグムントが、抗った証だ」
「……この筆跡は確かに間違いない……だが、俺の信じた市長が……ジーク兄が操られている、だと……そんな馬鹿な!? しかし、この命令書は……」
従弟だからだろうか。その撤回書が本物であることを直ぐに看破する。
さあ、これで戒厳令を撤回しろ!
その時、遠くで聞こえるのは鐘の音。
リーンゴーンリーンゴーン……
振り向いた先、時計塔の針が示すのは、
12:50
ユリウスが、ウォルフガングに駆け寄り、何かを説き伏せるように……。
くそッ! 時間切れか! これは……結果はどうなるのだ!?
そんな俺の思いとは別に……。
世界が反転していく。
世界が反転。
…………
ここは、一体……?
「ッ! アッシュ君、戻ってきたのね!?」
セレスさんが戦闘の中、一瞬、こちらを振り返る。
「アッシュ君、ここは我々、聖十字騎士団に任せよ!」
ワルターさん達、聖十字騎士達が迫り来る黒マントを防ごうとするも、その圧倒的な数の差に次々と倒れていく。
そうだ、ここはソリスト教国大使館。
そこに今、黒マント共が迫り来る。何故、こんなことに!?
懐中時計は19:05を示している。
「アッシュ君の作戦、うまくいったわ。近衛連隊と憲兵隊は共同作戦で今、アルサルトの船にいる黒マント達を抑えようとしている」
『刻の揺らぎ』で過去と現在の両方を知るセレスさんが手早く解説してくれる。
ユリウス! やってくれたのだな、近衛連隊大隊長・ウォルフガングの説得を!!
そうだ、近衛連隊が憲兵隊と共闘するなら、町は内乱にならないはず。黒マントどもも十分、押し返せるため、俺が町中を囮として逃げる必要はなかったはずだ。
だから、このままソリスト教国大使館に留まっていたのだろう。
しかし、それならこの今の襲撃は一体!?
「ヤツら、港のアルサルトの船にこちらの主力を誘導して、その隙にここへ襲撃を掛けてきたのよ」
な、それは……こちらが対策したことを認識したのか!? 例え、リアンの『刻の揺らぎ』を認識能力に駆使したとしてもそれが分かったのは、俺が現在に戻ってきたつい先ほどの筈。
いや……あの天才、クリフトンなら自身の策がうまくいかないことを認識してこの状況を予想していた、か。
そして、今ある全勢力をここにぶつけてきた、か。
「ハハッ! この『天使似』の力はやはり便利だな。君の、『過去改変』が何をしてくれたかを如実に教えてくれる」
黒マントどもの中から現れたのはリアンの姿を模したクリフトン。その隣には元の白髭のクリフトン本体の姿も。
やはり、ここでもリアンを——救出出来なかったか。
だが、まだだ! まだ、あと一歩!
「ふん。君の思考はわかるぞ。最後の『過去改変』で全てを変えようと言うのだろう? それは……させん!」
こちらの作戦を読んでこのタイミングで襲撃を掛けたか。
既に民間人は裏手から逃しているようだ。だが、その為に、俺たちは黒マントに包囲されている状況。
「お嬢様! 脱出を! ここは我らが支えます」
「くっ……ワルター、任せるわ」
「御意!」
踵を返してセレスさんは俺の肩を掴むと脇の階段を駆け上る。
追いかけようとする黒マント達を押し返そうとするワルターさんだが、それは彼らの波に飲まれてしまい……
「クッ……」
俺の先を駆け上るセレスさんの横顔から、雫が飛び散った……恐らくは涙。
くそっ。……なんで、なんでこんな事に!
懐中時計は19:25。
階段を登り続けた先にあるのは最上階の部屋。
入って直ぐに木の扉を閉めて鍵をかけるも、曲剣の刃が突き破る。
雪崩のように入ってくる黒マント達。その中には、元のクリフトン教授の姿も。
「中々に我々を追い詰めたようだが、最終的に追い詰められたのは君たちのようだな」
ニヤァっと例の残虐な笑みを口髭とともに浮かべる。
「アッシュ君! ここは私が引き受けるわ。キミだけでも……」
そんなの、ダメだ!
「でも、キミは最後の希望なのよ! お願い、私の言うことを聞いてッ」
イヤだ、イヤだイヤだイヤだーッ!
もう、俺の好きな人を、仲間を、友を……無くしたく、ない……。
「それでも……私はレイチェルさんの代わりにキミを守る!」
俺に襲いかかる曲剣の刃、その前にセレスさんは身を挺し……
数々の刃が彼女を突き通す。
なんだ、これは……なんなのだ、これは!?
「お願い……キミは……レイチェルさんの想いも受け継いでよ。だから……」
クリフトンが迫る。
逃げなければならないのはわかっている。だが、目の前で倒れるセレスさんが……
俺はセレスさんに手を差し伸べる。
「馬鹿、本当に馬鹿……でも、だから好きになっちゃった……」
——セレスさん、俺は……。
ザクッ
⭐︎⭐︎⭐︎