28章①『背徳者にアベンジングな我ら』
***28-1
「散々と逃げ回ったようだが……ようやく追い詰めた、というところだな。アシュレイ君」
……やめろ。その顔で、その口で……喋るな。
「私……いや、我々だな。我々にとって最も注意すべきは『過去改変』を持つアシュレイ君。君の存在だよ。どれだけ策を弄しても、その『過去改変』、それだけで全てを変えてしまいかねない。こうして『刻の揺らぎ』を感じれる身になれば、よりその危険性がわかるものだな。なれば故、この町全体を襲う内乱も君を追い詰めるためのもの。……どうかね、この町が、国が、君一人のために滅ぼうとしている様は」
ふざけるな! その小さな姿で、リアンの身体で、それ以上語るのは……許せない!
「クリフトンーッ!」
「ダメよ、アッシュ君!」
「ハハッ、いつもやる気ない君がそれほど激昂するとは。これはこれは、怖くて……自分を傷つけてしまいそうだ」
ニヤリと笑ったリアン——いや、クリフトンが、その手に持つナイフを自らの首に押し当てる。
な、なんで、そんな真似を!?
駆け寄り胸ぐらを掴みかけた俺が一瞬、動転したその隙をヤツらは見逃さなかった。
ザシュッ
右から襲いかかる黒マントの曲剣が、咄嗟に覆った俺の右腕を切り裂く。
ガアァッ——
瞬間、痛みと熱さが襲いかかる。
「アッシュ君! ッ! このォーッ」
もう一人の黒マントに阻まれていたセレスさんが強引に細剣で切り伏せる。
が、彼女の前にリアンが立ちはだかる。
「フフッ、我々の邪魔、この身体を傷つけてでも出来るかな」
「!?」
セレスさんが掲げた細剣が、動きを止める。
マズい!
なんとか、最後の力を振り絞ってセレスさんに抱きつく様にして床に二人、飛び退く。
その上で空を切る黒マントの曲剣。
が、更に背後からもう一人の黒マントが近づく。
元々のクリフトンとリアン以外に、付き従うのは二人の黒マント。
前後を囲まれた、か……。
右手の感覚は何故か無い。傷の様子を見る余裕も無いが……恐らくはそうもたない、か。
共に同じ酷薄な笑みを貼り付けたまま、俺たちに近づくクリフトンとリアン。
傍のセレスさんが、そっと無言で俺に視線を送る。
——私が突破口を作るから、アッシュ君は逃げなさい。
いや、ダメだ。セレスさんを置いていけるわけがない!
——キミだけが、最後の希望なのよ。
くそ! 考えろ。何か、何か手が……
その時だった。
「おおぉーッ。クリフトン! 貴様が、貴様がオレをッ」
それは刺突剣で串刺しにされたはずのジーグムントだった。
全身、血まみれになりながら、まるで修羅のような形相で自身を貫く刺突剣を抜き放つ。穿たれた胸の穴から迸る血の塊。
「ちっ、この死に損ないが」
ガキィィッ
ジーグムントの刺突剣が、黒マントの曲剣に阻まれる。
「今よ!」
わかってる!
綻びを見せた、黒マントの隙をつくセレスさん。共に走り抜ける。
市長室から抜け出るも、前から新たに迫りくる黒マント達。
くそ——懐中時計は18:45
あと、5分!
側のセレスさんと目が合う。
共に同じ意思なのを確認し、屋上へと繋がる階段を駆け上る。
右腕がジンジンと熱を持って痛むが気にしていられない。その手先の感覚があろうがなかろうが、今の俺には。
開け放たれた扉の向こう、屋上に飛び出した俺たちの視界に入るのは、町のあちこちから上る煙と炎、そして時折り人々の叫び声がこだまする。
火の海に包まれる中、時計塔は変わらずその刻を刻んでいた。
その2つの針が示すのは、18:48。
が、扉から黒マント達が次々と屋上にやってくる。逃げ道のない俺たちを取り囲む様に。
「町全体を使った鬼ごっこもこれで終わりの様だな……いや、終わりだね、アシュレイお兄ちゃん! ……この言い方の方が君には心地よいかね?」
ヤツらを率いるのはリアンの姿をしたクリフトン。
あと、少し……。
隣のセレスさんが、チラッと目を向ける。
——ここは、私が時間を稼ぐわ。
いや、それはダメだ。
——でも、もうそれしか……。
……手はまだある。
——それは一体!?
「……なら、やるしかない!」
俺は振り向きざまに全力で駆け出す。
クリフトンの冷笑が背中に突き刺さる。
「逃げられるとでも?」
しかし、俺の足が向かうのは——屋上の端。
五階建ての空間、その先には何もない。
「アッシュ君、ダメッ!」
セレスさんの叫び。
黒マントたちが一斉に俺を追い詰める。
クリフトンが勝ち誇ったように嗤う。
「だが、これが最善の選択だ!」
俺は勢いよく踏み切る。
重力に引かれ、視界が一瞬、暗転する。
その瞬間——
「来いよ、天使ども!」
目に映る時計塔の時刻は——18:50!
瞬間、針が急に変わり、現れたのは目的の時刻。
12:50
文字盤の針が動いて、その時刻を指し示すと同時に、文字盤と2つの針に蒼く光る炎が灯る。
そして、燃えゆく町の紅を、モノクロームの灰色に塗り潰していく。
世界が静止し、宙に投げ出された状態の俺に彼らは現れる。
《ウフフ……》
《アハハ……》
脳裏に直接響く笑い声。
青い燐光を纏った少年少女達が何もない空間からその姿を見せる。
《闇が町を覆い、全ての希望が潰える中、君は何を望むのか……》
《友が、仲間が、その想い人すら失わられる中で……》
《それでも、まだ君に抗う意思があるのなら……》
《世界に、運命に立ち向かう叛逆の使徒よ……》
《見せなさい、我々に……》
《そして行きなさい、我々の想いと共に……》
——君だけが、全てを変えられる可能性そのものなのだから!
瞬間、世界が反転する。
ここは……どこだ?
「え? アシュ兄ちゃん、急に現れた?」
俺に気づいたのは部屋の隅に居たキケセラだ。
そして、右手の傷は消え失せている。
まるで道場のような広い部屋にユリウスとバルが対峙、周りを取り囲むのは大勢の……これは記者達か? 憲兵達も何人か。と、キケセラやイワン、ミゼル達、『バルスタア団』の皆の姿も。
そうか、俺自身は初めて来たが、ここが憲兵隊本部の稽古場か。
そして、今は過去の襲撃時間の15分前、12:35のはず!
「バル! ユリウス! 緊急事態だ。俺の話を聞いてくれ」
「どしたん、アシュ氏ー? ……真剣な表情して」
流石、俺の同僚。すぐに俺の真剣さに気付き、駆け寄る。
さて、今から黒マント達の襲撃と戒厳令に伴う近衛連隊の動きを伝えねばならないが……例によって『刻戻り』では確定した、いや俺が見た未来はそのまま伝えることが出来ない。
だが——
「これを見てくれ」
「? なんぞなー?」
「これは……まさか!?」
近寄るバルとユリウスに予め、要点を書いておいた懐のメモを見せる。
そうだ。
口頭で説明は出来ないが、衣服と同様に『刻戻り』時には身に纏ったモノを持ち込むことが可能だ。
そこで、これから起こること、これからの俺の作戦行動を予めメモし、バル達に見せつける。
『刻戻り』の存在を知るバル達なら直ぐに対策を練るはずだ。
これで、黒マントどもの突然の襲撃は防げる。
「しかし、戒厳令に近衛連隊までが……これは町が滅ぶぞ……」
すかさず、憲兵隊大隊長へ緊急連絡の指示を部下に出したユリウスがうめく。
確かに、これで最初の襲撃は持ち堪えても町全体を巻き込む内乱が防ぎ切れるわけではない。
それぞれの戦力を推定してその結果が直ぐに出るのは、流石、分隊長だけのことはあるな、ユリウス。
「ああ、だからユリウス。お前には案内してもらう必要がある」
「案内だと? 一体どこへ?」
そう、それは。
「近衛連隊本部だ」
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