百合とカラスと採用面接
時間は進み、日が落ちようとしていた頃。
山本家では、ちょっとした騒ぎになっていた。
「んで、こんな大所帯になったと……」
呆れる千恵子、その視線の先には――。
「カー!」
ベランダに留まり、そして宙を自由に飛び回るクロベエ率いるカラス軍団、小烏丸の面々がいた。
「なるほどね。アカーシャに雇用されたと……」
いたってナチュラルにカラスとコミュニケーション取れてしまっている千恵子である。
もうこれくらいでは動じない……?
「いや、なんで私普通にカラスと会話してんだろ……」
動じてはいないが、小声で冷静にツッコんでいた。
なんとも彼女らしい反応であろう。
けれど、刹那。
千恵子の脳裏に恐ろしいことが浮かんだ。
(これってさ……凄い能力だよね……もし誰かに知られたらやばくない?)
例えば、国の研究機関に連れて行かれて、そこで髪の毛一本に至るまで、調べ尽くされるといった法治国家ではあり得ないことが。
更には、
(三十オーバーオタク独身OL……特殊能力発現……原因はストレスか)
といったネットニュースになりやすい見出し、それを元に、「ワイドショーで専門家が『これは社会的ストレスの産物ですね』とか言っている姿まで。
寧ろそれを言うなら、アカーシャやアラクネ、フリーディアにキルケーといった人外の方がよっほどやばいのでは――? となるだろう。
昔の千恵子であったなら、そう考えていた。
しかし、今の彼女にとって、アカーシャをはじめとした人外ズは、近くにいて当然の存在となっていたのだ。
それこそ、カラスとコミュニケーションを取れる方が驚くくらいに。
すると、その脳内未来予測を止める者がいた。
「山本さん! カラスよりも、我が王にアラクネちゃん、そしてキルケーさん。みなさんの方が素晴らしい存在ですよ!」
ボブヘアに、白のブラウスに灰色のパンツスタイル、といったオフィスカジュアル、そしてデュラハン柄のスマホを首に下げた愛美であった。
「いいですか? まずアラクネちゃんは妹ポジのリアル蜘蛛っ娘です。そして我が王はリアルヴァンパイアで王様&夫ポジ! キルケーさんは、ミステリアスちょっぴりえっちお姉さんポジなんです!! つまり、ここに私たち女性……いえ、人外オタクの全てが詰まっているんです!!」
「マナちゃん……私はそういうことを言いたいわけじゃなくて――」
(って、聞いてないし……)
愛美は注意すると、千恵子に応じることなく素早く振り向いて、
「もちろん……フリーディアさんもですよ! 私にとってかけがえのない存在ですから!」
と後ろで名前を呼ばれたそうにしていたフリーディアの手を握りそう告げた。
「あ、ありがとうございます。愛美殿……」
まぁまぁな近距離で見つめ合い二人の世界に入っていく感じがする臣下組。
(近いし、フリーディアさん、照れてるし……って、なにこの百合展開……二人ってそんなに仲良くなっていたの?!)
またもやブーメランを投げ放った千恵子であったが、さすがに気付くことはなかった。
自分たち(アカーシャとの日々)が、百合展開(家族計画)まっしぐらなのを自覚していないのだ。
つまり、それほどまでにこの生活が当たり前となっているわけで……。
(でも、なんだろう……どこかで見たような光景だよね)
目の前の部下とデュラハンに少し前の自分たちを無意識に重ねる千恵子であった。
それはそれとして、大多数の人外オタク(動物を含む)の悲願を達成した瞬間であったのは間違いない。
種族どころか、言葉の壁すら越えるといった偉業を。
というか、もしかしたら……人外オタク界隈どころか、人類にとっても凄いことをしているのかもしれない……。
けれど、そんな歴史的瞬間であろうとも、愛美以外は誰も反応することなく、
「さすが、アーちゃん。カラスまで従えるなんて……あっ、というか……その心配してくれてありがとう」
と、姉を褒めつつ、あとつけていたの知っていましたよ? やんわり事実を伝える大人なアラクネであったり、
「なはっ?! き、気づいていたのか?」
などと、エプロン姿に嫁パーカーならぬ、嫁Tシャツにショートパンツ&エプロン姿で、王族らしからぬ奇声を上げる姉アカーシャがいた。
人類にとって偉業であろうとも、彼女たちにとっては些細なことなのである。
(こっちもこっちで……というか、どっちが姉よ……)
いつもの光景に呆れつつも、冷静さを取り戻す千恵子。
そして、それによって目の前の大きな問題を思い出す。
(というか、そうだった……)
「「なはっ?!」じゃないの! これどうすんのさ!」
指差す先で気が付けば軍隊のように隊列を組んでいた小烏丸の面々であった。
「カー!」
軍団長クロベエが敬礼すると、飛んでいるカラスたちも、ベランダに留まっているカラスも全員が続いた。
(って、なんでこんな統率取れてんのよ!)
どこかのヴァンパイアと同じ反応である。
夫婦とは、徐々に似通った部分が出てくるものなのだ。
厳密にいうと、夫婦ではないのだけれど。
「どうといってもなのだ……我と雇用関係を結んだとしか……」
対して、夫というよりは子供となっているアカーシャは人差し指をツンツンしたり、上目遣いでチラチラ……千恵子の様子を伺っていた。
「……いや、それはこのカラスからも聞いたよ……」
千恵子が聞きたいのは、カラスを雇ってどうするのか? その後のことをちゃんと考えているのかということであった。
(カラスを雇用ってしかもちゃんとした条件だし……)
元王という立場に加え、自分を通してこの社会の仕組みを理解したからこその行動だろう。
(私にも原因はあるよね。うーん、面倒を見るなら……いいのか?)
千恵子は目を閉じ腕を組んで思考する。
すると、その直後。
軍団長クロベエとその番のてるが翼を羽ばたかせて窓際に立つ千恵子に近づいた。
「「カー!」」
「えっ?! 必ず役に立ってみせるから認めて欲しい?」
「「カー! カー!」」
「デモンストレーションするからさせてくれって?」
(えっ? なに、今のカラスって英語も知ってるの?)
カラスの語彙力に目を見開く千恵子。
コミュニケーションがここまで円滑にできると驚くところは変わっていくのだ。
しかしながら、相手はカラス。
いくら統率がとれていようとも、語彙力が豊富であろうとも、このままであれば、近隣住民からの苦情は殺到するだろう。
糞害からくる異臭、そして鳴き声による騒音等で。
(礼儀正しいし、熱意も凄い。アカーシャが提示した雇用条件にも穴はない。うーん……でもな~)
「我からもお願いしたいのだ! 一度契約したのにそれを一方的に無かったことにしたくはないのである!」
「確かに……」
アカーシャの正論を受けたことで、千恵子は再び腕を組み悩む。
その姿はさながら、採用担当の面接官である。
(いやいや、なんで私、OLなのに人材採用どころか“鳥材”採用やってんの?)
などと自身の置かれた状況を自虐しつつ苦笑いを浮かべた。
と、その時だった。
「あの……ちえちえさん――」
蜘蛛っ娘、アラクネがゆっくりと手を挙げた。




