アカーシャ雇用主になる
千恵子が忠臣コンビに振り回され、アラクネがくれはと打ち解けた頃。
アカーシャは、カラスたちと和解し、アラクネの通う学校(聖地)に到着していた。
「カー!」
と鳴くのは、群れの中でも一際大きな雄のカラスで、群れの長である。
どうやら、生物として強いアカーシャに憧れてしまったようで、隠行の術を施してもらい行動を共にしていた。
「変わったカラス……人間かよ」と、どこからかOL千恵子のツッコミが聞こえてきそうな状況だが、それはアカーシャも同じであった。
「うむ……ここに、我の妹がいるのだ」
学校の脇に生えた大きな木に隠れてカラス相手にヒソヒソ話。
なんだったら、ついさっきまで聖地がどうのとか、【戦え、ヴァンパイアちゃん】の話であったり、夜の国での日々を話していた。
ようするに昨日の敵は、今日の友ということである。
厳密には、昨日ではなく、さっきなのだが――。
とにかく実に変わったヴァンパイアであるのは違いない。
「カー?」
「そうだ、バレてはいかん! なので、あまり鳴くでないぞ?」
「カー!」
「いや、それをやめるのだ!」
絶妙にズレているというか、ある意味で噛み合っているような気もしないでもない……。
ともかく、異文化コミュニケーションを果たしたアカーシャ率いるカラス軍団は、アラクネのいるクラスを探していた。
「カ、カー……」
アカーシャの指摘に、軍団の長である一際大きなカラスが申し訳なさそうに鳴いた。
(ええい! なんでそんな申し訳なさそうな顔をするのだ)
ただ静かにして欲しい。
そのことを伝えただけなのに、長カラスの落ち込みようったら、なかなかであった。
まるで、仕える主君に怒られる臣下のような……佇まいである。
(なんかフリーディアみたいで調子が狂うのだ。というか、この世界のカラスってこんなに統率がとれているのか? もう立派な隊ではないか……)
夜の国の世界、そちらでは人間、それも魔法使いなどの使い魔ということでカラスという存在は重宝されていた。
人の言葉を理解し、闇夜に溶け込める。
その特徴によって。
けれど、この世界には使い魔という文化はない。
間違いなく野生の動物なのだ。
だというのに、言葉を理解し、誰かに指示されなくとも統率がとれている。
つまりは――。
(我の臣下とすれば、もっと豊かな新妻LIFEを満喫できるのでは……? )
なんだったら手分けして買い物できて、千恵子の荷物だって運んであげることもできる。
それに……。
(うむ。こやつらにとっても、プラスではないか?)
食料が不足したから、人間の住まう場所まで来たのだろう。
動物が人間に近づくということはそういうことである。
けれど、その問題は、自分がいれば解決する。
(捨てる端材をご飯にすれば、こやつらも飢えることはないしな……)
そう、毎回捨てるしかなかった食料の端材をカラスたちに分けてあげればいいのだ。
一石二鳥どころか、今後の働きによっては三鳥、四鳥すらあり得る。
しかし、アカーシャはあることが気になった。
(いや、カラスからしたら、ただの残飯処理役と思われないか? しかも、それを我から提案するなど……)
力で上下関係を確定させたのだ。
ほぼ、強制なお願い(命令)といっても過言ではない。
これが夜の国であったならよかった。
けれど、この世界は割と平和な法治国家というもの。
(人間が定めたルールに従うのは、腑に落ちぬが……)
そうは言っても、そのおかげでどうにかバランスが取れている。
となれば――。
「……カラスたちよ! 我と契約するのだ!」
そういうと、異空間から自らの血判を捺した羊皮紙を取り出した。
アカーシャが熟考の末、ひねり出した案は、ただの臣下ではなく雇用関係を築くことであった。
こちらが一定の条件を提示して、それに対して働いてもらう。
条件が合わなければ、そこはあとくされなく、ただの知り合いに戻るだけといったように。
「カー!」
「ほう、この条件で構わないのか……」
アカーシャが提示したものはこうだ。
一つ目、朝昼晩とまではいかないけれど、朝晩の食事付き、魚肉ソーセージも出す。
二つ目、自らの存在を脅かす者がいれば、アカーシャが介入する。
三つ目、アカーシャの指示、千恵子の指示にも従い、アラクネに危害を加えないこと。
四つ目、深夜の呼び出しは、別途報酬を出す。
そして五つ目、原則として、アカーシャが呼べばいつでも近くにくること。
差し出された契約書の内容を理解したのか、長カラスは、はっきりした声色で鳴いた。
「カー! カー!」
「なんと! 元々、そのつもりだったと、では、ここに足形を貰ってよいか?」
「カー!」
長カラスは、差し出された契約書に足を当てた。
すると、羊皮紙にカラスの血判が浮かぶ。
「カ、カァ?!」
切られてもいないのに、明らかに自分の血で捺された血判に目を丸くするカラス。
「死ぬことはない。安心するのだ!」
不安そうなカラスにそう告げるとアカーシャは、
「よし、これで使い魔……いや、対等な雇用関係なのだ! といっても、もーしブラックだと感じれば、いつでも辞めてよいからな」
と念を押した。
千恵子から学んだとても大切な念押しである。
そう言いながらも、気になることがあった。
「あ、そう言えば……名前はなんというのだ?」
そう、名前である。
契約するに至って名前が無くとも特に問題はない。
そういった契約は、使い魔としてならよくあること。
でも、今回の契約は数が多い上、長期契約になるかもしれないのである。
「カー!」
「ほう……そんなものが無くても、判別が付くとな……」
長カラスにそう言われたので、アカーシャは木に留まっているカラス、留まりきれず、空を飛んでいるカラスたちに目を向ける。
嘴に羽、体の大きさ確かに多少は違う。
けれど、
(こんなの、ほぼ一緒ではないか!)
他人の空似、どころか、そのまんまカラス、カラス、カラス。
どう見たって、カラスの群れとしか認識できない。
となれば……。
(やはり、呼び出すにしても名前はいるのだ……すこーし面倒だが付けるか! 名前!)
今後のことを考えたアカーシャは、名付けを行うことにした。
☆☆☆
「ふぅー、ようやく最後の一羽なのだ……」
ただ、名前を付けるだけなのに、ここまで疲れるとは思わなかったアカーシャである。
(名付けというのは、大変なのだな……父上にも感謝せねば……いや、名付けは母上だったか? うーむ)
自らの出生に迫りそうになったところで、長カラス、改めて、クロベエ(黒くて軍師っぽいから)が翼を羽ばたかせた。
「カー! カー!」
すると、他のカラスたちも続く。
ちなみにだが、カラス軍団の名前は、ほぼ全てアカーシャがハマっている時代劇の登場人物を彼女なりにアレンジして付けている。
オスなら半兵衛、利家、兼続。
メスならいね、まつ、お船といったように。
もちろん、クロベエの番であるメスのカラスは、てる(軍師の正妻ということで)である。
なにはともあれ、こうして、アカーシャはカラスたちの雇用主となったのであった。




