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山本さんのお嫁さんは、最強のヴァンパイアちゃん!?  作者: ほしのしずく
第6章:蜘蛛っ子の奮闘・ヴァンパイアも奮闘

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第95話 やらかし忠臣コンビ! でも背後にはアカーシャ?

 ブーメランを食らい共感性羞恥心で顔を赤らめていた千恵子は、隣に座る愛美に小言を言いながら仕事を進めていた。


「なんで私が、恥ずかしい思いしなきゃいけないのさ……」


「怒らないで下さいよー! 今度、キュルミちゃんのバースデーアクスタプレゼントしますから!」


 アクスタ、オタクであればココロオドル代物。


 更には幼き時からの推しキャラ、キュルミである。


 本来であれば、喉から手が出るほど欲しい。


 だが、


(落ち着け私。ここは、職場……職場……)


 こんなところで、オタクテンションで会話しようものなら、今後の社会人生活がどうなるかわからない。


 なので、千恵子は断ることにした。


「いや、いい……」


 が、なんとも歯切れの悪い答えである。

 

 実は本音を言うと、ほんの少し、その天秤は傾いたのだ。


 アカーシャたちとゆるキャラショップ、キャンディランドへ訪れたせいで。


 オタクならではの、あるある――言うなれば推しの原点回帰というやつである。


 初めの推しは自らの(へき)、その全てを兼ね備えるのだ。


 けれど、


(ここで、食い気味に行くとか、ますますネタにされかねないよね……欲しいけど)


 千恵子の品行方正な天秤は、オタク側ではなく社会人の常識側へと傾く。


 間違いなく、ここは職場。

 しかも、先程の出来事があってのこれである。


(今度は、どんな反応されるか……)


 たぶん、この場には人の趣味を否定するような人はいない。

 とはいえ、それとこれとは別なのだ。


 オタクにとって癖を晒すということは、もはや下着姿を見られるのに等しい。


(思ってた反応と違ったら、奇声上げちゃうっての……)


 これがまだ、大衆向け(カモフラージュ的な著名作品)であれば、どうにか誤魔化せただろう。


 例えば、大多数の人が良いということをなぞればいい。


 イケメンのキャラだったら、仕草がカッコいい。

 優しいキャラであったら、優しく接するところがいい。


 それこそ、わかりやすいキャラ設定を褒めるように。


 千恵子の眉間の皺がとんでもないことになっていると、愛美が耳元で囁いた。


「……では、戦え、ヴァンパイアちゃん特装版の最新巻で手を打ちましょう。もちろん、ウェディングドレス姿のマヒルちゃんのカードもありますよ? フフフ……」


 なんとも怪しい笑みである。


 忘れてしまいがちなのだが、この二人一応、周囲にオタクということは隠している。


 まぁ、隠せていると思っているのは、今や当事者二人という状況なのだが――。


「な――っ?!」


 耳にした言葉に千恵子は、思わず叫びそうになるが、同時に数人の同僚が顔を上げたことでグッと堪えて、


「コホン……それは欲しい……」


 咳払いからの耳打ちで、まさかの本音を口にした。


 けれど、それは仕方ないことであった。


 愛美が提案してきた【戦え、ヴァンパイアちゃん特装版の最新巻】は、販売店ごとにランダムで限定描き下ろしポストカード(全四種)が付いていたもので。


 その上、本作が最終章に差し掛かったということもあり、発売してから一週間で在庫切れを起こしたのだ。


 生粋の人外オタクである千恵子であっても、現在、手元にあるのは、私服姿、水着姿、エプロン姿のみ。


 最後の一枚であるウェディングドレス姿の物を持ってはいなかった。


「って、なんで私の持っていないカード知ってるの?」


 当然の疑問である。


 いくら仲がいいとはいえ、口にしていないことを知っていることはおかしい。


「いや……それは、我が王にお遣いを頼まれまして……あ、あれですからね! ちゃんとお金は貰っていますから――」


「はぁー、アカーシャかぁ……」


 諦めにも取れる長く静かな溜息。


(どうせ、私のことを想ってマナちゃんにお願いしたんだろうなー。お金も買い物のお釣りとかを貯めたんでしょうね)


 脳裏に浮かぶは、ブタの貯金箱をカランカラン鳴らすエプロン姿のアカーシャ。


 対して、目の前では、


「どうします? 山本さん……私としては、この申し入れを受け入れて欲しいんですけど――」


 などと、手打ちと提案してきたというのに、断られるとすんごく困ります! 断らないでー! というまるで飼い主を見つめる犬のような眼差しで訴えかけている愛美。


(これって……断れないよね? まぁ、私的には断る理由なんかないんだけど。というか、私……アカーシャに至れり尽くせりなような……ちょっと恥ずかしいかも。でも――)


 確かにこの現状を親しいとはいえ、部下に知られているのは恥ずかしい。


 けれど、すんごく嬉しくて、


(ま、まぁ、私は外で稼ぐのが得意だし……持ちつ持たれつみたいな関係かぁ……)


 家での日々を想像してなんだか胸の辺りが温かくなったりなんかした。


 なんとも複雑な人種の千恵子である。


「わかった。今回はこれで手打ちにする」


「ふふっ、そういうと思いました! では、帰りに渡しますね」


「はいよ! ありがとね」


 柔らかい笑顔を愛美に向ける。


 すると、愛美はなぜかアカーシャのモノマネで返した。


「ふふーん、くるしゅうないのである!」


 妙に似ている声色に加えて、ドヤる時特有の腰に手を当てるポーズ付きである。


(精度が上がってるし……前にいい反応だったから、絶対に味を占めてるよね……これ――)


 前回、モノマネした時、千恵子はもちろん、他の同僚たちからも思いのほか好評だった。


 その後は、アカーシャの話題がしばらく続いたくらいだ。

 

 だからこそ、もしかしたら練習してきたのかもしれない。あのアカーシャ大好き忠臣デュラハン、フリーディアと一緒に。


 それによーく目を凝らすと、愛美の隣で同じような動きをしているフリーディアの姿が見えるような気がする。


(……ん?)


 見える気が……する?


 いや、見えるというか、首を繋げたフリーディアのシルエットが光の屈折したような形で浮かんでいた。


(まさかねぇ……?)


 ルールや決まりごとを守りそうなフリーディアが、アカーシャのように姿を消して、職場を訪れることはしないはず。

 更には腐っても(色んな意味で)騎士である。


 仮に訪れたとしても、身なりを整えて真正面から堂々と来る。


 (そうそう、アカーシャじゃないんだから……ね)


 千恵子は、そう思いながらも、愛美の隣に浮かんだフリーディアのシルエットに手を伸ばした。



 しかし――

 


 ――スカ。


 (あ、避けられた!)


 素早い動きで、右側に回避。


「ちょ――」


 と、声を掛けようとする千恵子。


 けれど、フリーディア(ほぼ確定)は、応じることなく、オフィスから出ていった。


 一礼のあと、そーっと静かに扉を閉めて。


 理由はわからない。


 けれど、フリーディアだと断定した千恵子は、共犯者であろう愛美の方に視線を向けた。


(……共犯者確定だ)


 先程まで、アカーシャのモノマネを披露するなど、ハイテンションだったというのに、モニターの方を向いたまま、その上表情が強張っていてぎこちない。


(これじゃ、質問してくれてって言ってるようなもんだって……)


 と呆れつつも、千恵子は愛美に詰め寄って、


「マーナちゃん! ちょっといい?」

 

 笑顔のまま、背後にオーラを滲ませながら心の中で呟いた

 

(さぁ……マナちゃんどうする? 本当のことを言うまで逃さないよ)


 正直なところ、聞かなくても、どういう流れになったのか理解できる。


(フリーディアさんが隠行の術を使っていたってことは、アカーシャも関わっているだろうし、というか、アカーシャ主体の可能性が高いよね……これ)


 しかし、良くないことは良くないという、これも上司である千恵子の務めなのだ。


 そのあまりの凄みに愛美は、コクリと頷くことしかできなかった。

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