黒くて賢いあいつ(Gではありません)
アカーシャは、姿を消したまま、空を飛び作戦名IS”インビシブルスカイ”を決行していた。
(ほう……なかなかに楽しそうであるな!)
視線の先には、おニューのランドセル、その肩紐の部分をぎゅっと握り締めて歩くアラクネがいた。
かなり足取りは軽い。
けれど、
「なぜ、電信柱から電信柱へ移動するのだ……?」
姿は、隠形術で消えている。
その上、目視できない距離であとをつけているのである。
いくら警戒心の強いアラクネでも、こちらに気づくことはまずない。
それなのに、周囲の様子を伺いながら、登校している。
(一体、なにが原因なのだ……わからぬ)
深まる謎に、アカーシャは眉間にシワをギュギュッと寄せる。
すると、後ろからバサバサと羽の音が聞こえた。
(むむっ、いつぞやの鳩か……?)
鳩、ベランダでよく目にする、この国の平和の象徴。
だが……。
なんというか、それにしては羽音が大きい。
というか……。
(ん? なんか多くないか?)
それも、一羽ではない。
確実に三羽以上いる。
アカーシャは、咄嗟に振り返り、その音の正体を見極めようとした。
「何奴……?!」
その視線の先には……。
漆黒の羽に黒き瞳を持ち、「カーカーカー」と特徴的な鳴き声をあげる、賢い鳥ランキング上位に必ず位置する(知恵袋調べ)あいつがいた。
「なんだ、カラスか……びっくりさせるでない!」
そう、カラスである。
群れというほどの数ではないが、数羽、姿を消したはずなのに、ぴったりと後ろについている。
なぜ烏が、姿を消したアカーシャの存在を認知し、あとをついてきているのはわからない。
けれど、その雰囲気からして、敵対心を抱いているようには見えなかった。
なんというか、どちらかというと、好意にも近いものを抱いているようにも見える。
例えば……。
(お酒を見た時の旦那様みたいなのだ……)
その表情は緩み、まるで大好き日本酒、ビールを前にした時の千恵子の、あの早く口に入れたそうな表情と一緒だ。
――刹那。
アカーシャの脳内に、稀代の名探偵でも辿り着けない結論が浮かぶ。
「あれ……? ということは、このカラスたち……我を食べ物かなにかだと思っているのではないか?」
それなら、合点がいく。
動物ならではの、嗅覚や野生の勘が働いたのだろう。
「いや、でも、我が食料って……おかしくないか?」
距離を詰められないように、飛行しつつもボソリと呟くアカーシャ。
すると、その言葉を待っていたかのように、カラスたちはバサバサと羽を羽ばたかせて、まるで仲間を呼ぶように「カーカーカー」と鳴き始めた。
「むおっ!? な、なんなのだ!」
戸惑うアカーシャ、鳴くカラス。
そんなカラスたちにアカーシャが呆気にとられていると、
「……ふ、ふえたのである!」
あっという間に、数を増やしていた。
その数、おおよそ、百はゆうに超える。
(一体……何が狙いなのだ)
相手は、賢いとは言えど、ただの動物……鳥類である。
しかし、相手を見下したり、過小評価するのは良くない。
それは、夜の国の世界でも、商店街でも学んだことだ。
アカーシャは身構えながら、思考を巡らす。
すると、ふと思い出した。
今朝、食べた魚肉ソーセージのことを。
(まさか……そういうことか?)
恐る恐る、自らの口元に手を近付けていく。
まさかそんなことがあるわけがない。
自分は元ではあるけれど、王。
しかも、民からも臣下からも、敵からも畏敬の念を抱かれていた。
そんな自分が口元に食べカスを付けたまま、家を出るなんて……。
(つ、ついているのだ……)
手に触れるは、何度も触れてきた大好きな魚肉ソーセージのクニュっとした感触。
例え、その大きさがミリ単位であろうと、否! マイクロ単位であろうとも、間違えるわけがないのである。
「はうっ、我としたことが……」
恥ずかしくて、恥ずかしくて、隠れる場所があるなら姿を消したい。
もうすでに誰にも姿が見えていないのだけれど。
「って、もう姿を消しているではないか……」
自身が姿を消していることを思い出したアカーシャは、顔を赤らめながらも再び思考を加速させる。
(というか、なぜ姿を消し気配も消しても、烏たちは追いかけてくるのだ……)
さらに食べ物を求めるような雰囲気を纏いながらである。
どう考えても、ついてきているカラスたちは、アカーシャの口元に付いた魚肉ソーセージを追ってきたわけで。
(うむ、もしや……それだけ、この魚肉ソーセージが美味しいということではないか?)
好きな物を共有できた(アカーシャは、そう思った)ことが嬉しくなって、
「ニヒヒ! 同じ釜の飯を食うのは、仲間というしな」
いつぞやと同じ考えに至り、指をパチンと鳴らして姿を現した。
(ふふっ、もしかしたら、こやつらも我の臣下になるのでは……)
などという、理想まで妄想する始末である。
けれど、現実はそんなに甘くない。
アカーシャが喜んでいたのも束の間。
案の定、カラスたちには、その意味が伝わらなかったようで、突如として姿を現したことに驚き、すぐさま臨戦態勢となった。
大きな一羽のカラスが、「カー!」と鳴き声を響かせると、百羽のカラスが隊列を組んだ。
その視線は、鋭く敵とは言わなくても、戦おうとする決意が宿っていた。
(ほう、なかなかの練度であるな……)
一方、意味を理解していないアカーシャは、嬉しそうに腕組みしていた。
そして、綺麗な隊列に感心し、目を瞑り頷いた瞬間。
「カー!」
と先頭にいた大きな一羽が高らかに声をあげ飛びかかる。
同時に、後方に控えていたカラスたちもあとに続いた。
的確にアカーシャの口元目掛けて、一直線に向かっていく。
「ぬわっ!?」
予想打にしない動きに、慌てふためいてしまうが、そこはアカーシャ。
即座に応戦モードに切り替えると、再度パチンと指を鳴らして、大人の姿に戻った。
「こんっのぉっ! バカカラスども立場を弁えるのである!」
そう冷ややかな視線で告げると、自ら指先を傷付けて血液を数滴、空中に散らす。
すると、その血液は、瞬く間に広がって、細い針のような形状に変化し、カラスたちを取り囲んだ。
それはまるで血液の牢獄。
いや、ほぼジャングルジムだ。
「ふん、だから、立場を弁えろと言ったのである」
なんとも締まらないような気もするが、それが寧ろ効果的だったようで、先程まで好戦的だった烏たちは、すっかり大人しくなっていた。




