こっそりと乗り越えて、NEXTDOOR
少し時が進み、転入生が同時に二人も来たことで、教室内はなかなかの盛り上がりを見せていた。
一番注目されているのは、アラクネであった。
アメジストのような瞳に、薄紫色のショートカット、ランドセルまで紫。
多様性が認められつつある世の中であっても、なかなか目にすることはないのである。
だから、興味を引くは当然で。
それは、一緒に転校してきた西園寺くれはも同様であった。
いや、寧ろ、かなり重症である。
「二へへ……」
一番うしろの席で、クラスメイトの話題の中心にいるアラクネを口元から涎を垂らしながら、大きなリボンをゆさゆさ……さらには――
(ラクネちゃん……すんごく可愛い……)
などと、心の内で呟く始末である。
この様子から伝わると思うが、くれはは、色んな意味で多感な時期なのだ。
作家である姉の影響で、女の子同士の恋愛とか、そういったあれそれこれに興味津々なのである。
それが良いかは別として。
「はーい! 注目〜! 皆さん、新しいお友達が来て嬉しいのはわかりますが、授業を始めますよ〜!」
「「「はーい」」」
担任の一声にアラクネの周囲に集まっていたクラスメイトたちは、それぞれの席についていき、同時にくれはも落ち着きを取り戻していく。
(そういえば……今まで、このお姉様からもらったリボンで色々と言われてきたというのに、今日は何も言われてないわね……)
独り立ちしてなかなか会えないけど、大好きな姉からもらった赤いリボン。
これを支えに今まで頑張ってきた。
でも、これがあることで目立ってしまい、元々人付き合いの苦手だったくれはは、上手く馴染めず、気を許せそうな子ができたら、両親の都合で引っ越し――そんな日々を繰り返してきた。
その都度、リボンの話をしないといけなくて――いつしか、それが重荷になり自分からリボンの話をすることはなくなり、結果、影で何かを言われるようになってしまった。
そして、また転勤。
今回も同じように影で何かを言われるものだと考えていた。
それなのに――。
(何も言われないじゃないの! 一体、どうなっているの?)
リボンのことには、触れることもなく、ただただ転入生として普通に受け入れられたのだ。
(あっ、きっと、そうね! やっぱり、アラクネちゃんのおかげだわ! それにしても……可愛い)
教科書を読み込んでいるアラクネへと羨望の眼差しを向けるくれは。
その視線に気付いたらしく、アラクネは深く頷いて蕾が開くような笑みを返した。
不意な一撃。その美しき所作は、見事、くれはのハート撃ち抜いて、
(ヒィィィーーーー! 両想いだ〜!!!)
などと、勘違いを加速させていく。
控えめにいってドン引きである。
しかしながら、ここにはツッコミ役の千恵子はいない。
「せんせーい! 西園寺さんの様子がおかしいです〜!」
同級生の指摘すら物ともせずに席でジタバタさせて、まるで浜辺に打ち上げられた魚となるほどに。
それが気になったのだろう。
アラクネは椅子をずりずり、くれはの席に近づいて、
「大丈夫……? 緊張まだしています?」
頭ではなく、背中をポンポン優しく擦った。
「大丈夫……ですわ」
体を震わせながら、声を振り絞るくれは。
なんとも締まらない場面かに思えるが間違いなく、さみしき過去を持つ、少女が人知れずトラウマを乗り越えた瞬間であって、
「ぐはっ……最高……でしゅ……」
新たな扉を開いた瞬間であった。
「せんせー! 西園寺さんが倒れましたー!」




