芽生えた絆
(結局、見つからなかった……)
担任の先生に連れられて廊下をトボトボついていくアラクネ。
大きなリボンを付けた少女を追いかけた。
だが、途中で他の児童たちに紛れてしまい、気づけば職員室へ向かう時間になっていたのである。
(あの子、どこに行ったのかな……)
人間なのに、まるで自分のように周囲を気にしていた。
アラクネは、それがどうにも気になって仕方なかったのだ。
これが貴族社会を当たり前とする世の中なら理解できる。
身分の違いに、生まれ育った環境、それによって人間たちは優劣をつけるのだから。
しかし、この世界の人間は違う。
千恵子に愛美、猛に商店街の住民。
知り合った人間たちは、とても温かくて、よく口籠るアラクネを差別することなんてなかった。
(気……になるけど)
だが、今は勉学を共にするクラスメイトという存在がとても重要なのだ。
(アーちゃんも、マヒルちゃんも、初めが大切って言ってたし……)
二次元の推しを、姉アカーシャと同列に捉えてしまうあたり、なかなかに“毒されている”蜘蛛っ子である。
(なんだっけ? 強さを見せないといけない……とか、そんな感じだったような)
保護者千恵子が耳にしたら卒倒してしまいそうな考え。
しかしながら、アラクネはしっかり者なのだ。
アカーシャのように、“それいけドンドン”な無鉄砲さはない。
(……ちえちえさんは、なんて言ってたっけ?)
忘れてはならない、最後のブレーキ千恵子の言葉を思い出す。
朝、腰に手を当てて、力説するアカーシャを注意して、学校生活で大切なことを話してくれた。
それは――。
(あ、ちゃんとあいさつをする……でしたね)
挨拶は基本中の基本。
特にこの日本に至っては、それさえしていれば、大きな亀裂が生まれることはない。
それが千恵子の言葉であった。
なんというか、普通の子供にかける言葉ではないような気がする……けれど、アラクネは数百年生きている半人外。
千恵子が、なにを伝えたいか理解していた。
「あいさつ、あいさつ……」
アラクネはブツブツと呟きながら、先導してくれる担任のあとについていく。
渡り廊下を通り過ぎて左に曲がって、階段を一段、二段、三段と、足音が小気味よく響く。
「山本さん、大丈夫ですか? 緊張とかしていませんか?」
踊り場に着くと、担任の女性は一度足を止めて振り返った。
「あ、はい……大丈夫です」
(やっぱり、優しい……)
さりげなく気遣うこの感じ、この世界で知り合った人間特有の感性。
少し千恵子に似ていて、ホッとする。
安心したアラクネは、担任のうしろにピタリとくっついて、自分の教室がある二階へと向かった。
そして、二年一組と書かれたプレートがある、自分が仲間入りするはずの教室前で、ひょこひょこと忙しく揺れる大きなリボンが目に入った。
☆☆☆
「……あ」
そこにいたのは、忙しなくリボンを揺らしていた、あの子だった。
(やっぱり――リボンの子だ)
階段付近で立ち止まるアラクネに気付くことなく、担任はその少女へと近づいていく。
(……どうしよう……でも、このままじゃ――)
声をかけなければ、教室に入れない。
おろおろ、キョロキョロ、戸惑いながら階段の前で立ち尽くしていると、担任が手招きしてきた。
「山本さん、こちらに来てもらっていいですか?」
「は、はい……」
(どういうことだろう……もしかして、私が気になっていることを察して、紹介してくれようとしている……とか?)
その真意を推理しながらも、扉の前で教室を覗き込んだり、なんとも落ち着きのない少女の隣にきた。
「彼女は、西園寺くれはさん。 山本さんと同じように今日から、二年二組のクラスメイトになる人です」
「あ、えっ、クラスメイト……なんですか?」
「うふふ、ごめんなさいね。もっと早くに言えばよかったんですけど、昨日決まったことだったので、このタイミングになってしまいました」
「あ、あのっ! はじめまして! わたし、西園寺くれひゃ――っ!」
噛んだ。思いっきり噛んでしまった。
きっと、早く紹介しなきゃという焦りや、初登校の緊張――いろんなものが重なった末の悲劇だった。
くれはの顔は徐々に赤くなり、もう完熟トマトと相違ないほどになっていた。
けれど、アラクネは、この少女、くれはに親近感を抱いてしまった。
なんとなく、アカーシャと千恵子の関係が羨ましいと感じていた。
そんな中、自分と同じタイミングで転校してきた少女。
さらには、これもなんとなーくだが、アカーシャに雰囲気が似ている。
となれば――。
「噛むのは仕方ないこと……です。緊張すると、脳からの指令が上手く伝わらなくなることもありますから」
そう言いながら頭を撫でた。
やさしくやさしく、姉であるアカーシャがしてくれたように。
千恵子や実父がしてくれたように。
「うぅぅ……ありがとう……」
涙目になるくれはを前にして、昔を思い出すアラクネ。
(少し……アーちゃんに、近づけたかな?)
こうして、千恵子とアカーシャの知らないところで、異種間の絆が芽生えたのであった。




