祝日って……なに?!
「は、はぁぁぁぁぁーーーーーー?!」
千恵子は大声をあげた瞬間。
同時にスマホを投げようとしたが、踏み留まり、そっとテーブルに置いた。
そしてリビングの奥にあるソファーまでテクテクと歩いたかと思えば、
「もう知らん!」
ふて寝した。
そんな千恵子を横目に、アカーシャは小さくため息をついた。
(なんというか……旦那様は喜怒哀楽が激しいな……)
などということを心の内に秘めながら、少し呆れたようなトーンで聞いた。
「また、大声をあげてどうしんだ? 旦那様」
ここで旦那様と念押しするのが、何とも意地らしい。
「まさかの午後から出勤が確定した。って、私、旦那様じゃないからね……」
しかし、千恵子はソファーの横に置かれたヴァンパイアの形をしたクッションに抱きつきながら、アカーシャと顔を合わせようともせず、背中を丸めたまま話す。
それに気のせいか、ツッコむ声にも覇気がない。
「嫌だなー……休みだって言われてからの出勤とか、どんな天国と地獄だよ……しかも部長案件って」
チャットの送り主が千恵子を便利屋か、何かだと勘違いしている部長なのも相まって、余計にやる気を削いだのだろう。
「天国と地獄……なるほど、天使と悪魔か……」
アカーシャの中で部長がとんでもない、それこそ自分たちと同じような人間ではない種族として捉えられて、
(我が始末するしかあるまいか……)
拳を握り締めて真紅の目をギラリと光らせる。
そこには明確な殺意があった。
「あ、あれだからね? 天国と地獄って言ったのは例えだからね? 部長も普通の人間だし、会社もそんなブラックじゃないから」
雰囲気を変えたアカーシャに慌てた千恵子は、自分の会社について、部長の人々なりについて説明した。
常識の欠如しているアカーシャにもわかりやすいように噛み砕いて、噛み砕きまくってだ。
「――出勤というのは、働くということなのだな。理解したぞ! だが、なぜ、旦那様が赴かねばならんのだ?」
(人員も不足していないと言っておったのに、不思議だ……)
「あー……それね……私だからかなー」
「事前に予定が入っていまして」と断りを入れさえすれば、誰かが穴を埋める為に出勤する。
ようするに、ただ忙しいだけの普通の会社。
なので予定さえあれば、別に出なくてもいいのだが、残念なことに、仕事以外では外に出たくない&インドア派の千恵子には、そういったイベント事もないのである。
「なるほど……それで行かねばならぬのか」
(とんでもないな……)
「うん……そうなんだよねー……嫌なんだけどさ」
アカーシャはポツリと本音を口にする。
「では、会社とやらが無くなればいいのではないか?」
「無くなるとか物騒な! 仮に無くなったとしても、そう上手い話はないの! この世界に住んでいる人の多数は会社って組織に雇われて、その労働の対価にお金をもらって生活しているんだから!」
避けられない定め、それが労働である。
「なるほど、ギルドみたいなものか……」
「ギルドって……えっ!? ギルドあったの?!」
先程まで、死んだ魚の目&まな板の上の鯉状態となっていたというのに、千恵子はアカーシャの口から「ギルド」という言葉を耳にした瞬間。
素早く起き上がり、お魚を前にした猫のようにキラキラ目を輝かせて、
「ど、ど、どんな感じ?! 人外は居たの?!」
彼女に詰め寄った。
この千恵子という女性の専門分野は言わずもがな人外。
けれど、そういったファンタジー系の物語も履修済みなのである。
自身の話に興味を持ってくれたことが嬉しいようで、アカーシャは笑みを浮かべた。
「あったぞ! 冒険者とか呼ばれる人間もいて、小金を稼ぐ為とかで、よく我らに挑んできたな……今、思い出しても腹が立つ」
「まじか! 魔法とかも使ったの?!」
そして、今度は楽しそうにする千恵子を愛おしいそう見つめて、
「もちろん! 魔法も使う奴らも居たし、人間以外の者も賞金稼ぎとして身銭を稼いでいたぞ!」
そう口にすると、
(やはり、旦那様はこういった話が好きなのだな。これも覚えておこう)
心の羊皮紙にメモを取った。