懐かしのゆるキャラ
商店街を歩くこと、十五分ほど。
OL千恵子を先頭に、ヴァンパイアの王(外見は子供)と、その妹の蜘蛛っ娘(こちらも子供)が歩く。
魚屋【鬼灯丸】を過ぎ、十字路を右に曲がって――彼女たちが向かった先は、老舗の人外ゆるキャラショップ・キャンディランドだった。
目的は、ゆるキャラ人外が描かれたランドセルや文房具――つまり、小学校生活に欠かせない一式を揃えることである。
「ひっさしぶりに来たなー! おっ、デザイン変わってないんだ!」
千恵子が見上げると、見慣れたローマ字表記の看板があって、
「キュルミも、まんまだ〜!」
視線を下げると、慣れ親しんだ人外のゆるキャラがいた。
キュルミ――吸血鬼の国のお姫様。ちょっと高飛車で、“ツンデレ”なところが人気の、キャンディランドの顔である。
感情が高ぶると、黒髪の縦ロールがふわりとなびき、赤く発光するというギミック付き。
更には、吸血鬼なのに、血が苦手というのも、一部の熱狂的なファンには刺さりまくっていた。
それは、幼き頃の千恵子も同じであった。
(お母さんと一緒に、来たんだっけ……)
CMで何度も見た。
人間じゃないでも、お化けとも、妖怪なんかとも違って、怖くない可愛いキャラクターたちを。
テレビでは着ぐるみの姿だったけれど、幼い千恵子は、お店に行けば“ほんもの”に会えると信じていた。
(ふふっ、懐かしー! ……そういえば、私が人外オタクになったのは、この子が始まりだったなー!)
そうなのである。
千恵子が人外にハマったきっかけは、このゆるキャラなのだ。
だから、今もタイミングさえ合えば、朝、リアルタイムで追っていた。
どこかのヴァンパイアが耳にしたら、激しく嫉妬しそうなことだが、紛れもない事実――だから、もしバレたとしても、もうどうしようもない。
しかし、懐かしさ+人外ということもあって、千恵子の頭には、そんなリスクが浮かぶことはなかった。
それどころか……近付いて、
「――にしても、相変わらず、かわいいなー!」
すっかり浮かれて、そう口にしてしまった。
更には、
(あ、そうだ! 写真、写真〜!)
そんな想いを抱きながら、童心に帰ってスマホを鞄から取り出し、キュルミの赤い瞳にスマホのカメラを向けて、無意識のうちにシャッターを切っていた。
そもそも、いつもその曇りなき眼で、推し(人外たち)を見つめているのだ。
いうまでもなく、純粋かつ自然に。
傍から見たら、それだけで充分に、童心を抱いているような気もするが……。
そんなことは、どうでもいいのである。
今は、いかにこの完璧な被写体・キュルミを撮り切るか――それだけが大切だ。
「うわ、こっちからの角度も最高……黒髪縦ロール、たまらん!」
口元は緩み、目は輝いている。
その姿はアイドルを追いかけるオジサン……いや、いつぞやのアカーシャである。
まさかの、アイドル追っかけおじさん=吸血衝動アカーシャ=人外ゆるキャラ推し千恵子……という、三角等式が成立しそうな中――。
千恵子は角度を変えて、二枚目もパシャリ。
当初の目的はどこへやら。
見失いつつある千恵子である
――しかし、そこから左にスライドさせると……見慣れないキャラクターがいた。
「く、蜘蛛?」
(って、なんだこのポップは――?!)
【ふわもこ毒グモ、ポイズンちゃん! キュルミちゃんの大親友♡】とか書いてあるポップに、思わず、「どこに需要あるの?」ってツッコミかけた千恵子であったが。
とにかく、可愛い……可愛いのである。
しかも、キュルミちゃんの右手にちょこんと前足を乗せ、こちらへ向けて、仲良しアピールをしている。
外野からしたら、だからなんだ? 言われるかもしれない。
けれど、OL千恵子にとって”可愛いは”正義”なのだ。
「か、かわいい……」
久しぶりに人外を前にして漏れ出る心の声。
これが、一人であればよかった。
そう、ここには、リアル人外がいるのだ。
しかも、その一人は、なかなかに嫉妬深い、王様である。
(ヤバい……よね?)
強張る千恵子。
同時に、過去のあれそれこれ――公園での一件、フリーディアとの初対面、アラクネに嫉妬した時、新居で猛を目にした時の姿が浮かんだ。
(ま、まずい! このままじゃ、アカーシャが暴れる!)
千恵子の脳内で生まれたイマジナリーアカーシャは、ゆるキャラを自分の偽物だと言い張って、
「似てるのは許せぬ! 我のほうが真なる可愛さを備えておるのだーーーーーー!」
そんな叫びとともにアカーシャは、ゆるキャラを吹き飛ばし、キャンディランドを飴細工のように――バラバラしてしまった。
いとも簡単に。
「アカーシャ! こ、これは――」
浮かんだ最悪を回避する為、すぐさまスマホをしまって、アカーシャの方を見つめた。
が――。
アカーシャは、怒るどころか、
「……ふむ、なかなか凝った造形ではないか!」
その目がきらりと光り、キュルミの顔をのぞきこむように近づいて、
「吸血鬼って設定はちょっと気に入らぬが……むぅ、我をモデルにしたのなら、まぁ、多少は見る目があるのだ! それに、我自身、こういったプリチーな感じも嫌いじゃないのである!」
そんなことを言いながら、顎に手を当て、上下左右――目にも留まらぬ速さで、後ろに回り込んだ。
色々とツッコむ部分はあれど、千恵子は、予想もしなかった状況に、自然と首を傾げてしまう。
「え、あ、はい……?」
確かに、アカーシャが言うようにプリチーである。
けれど、今までのアカーシャであったなら、キャラクター相手でも、不機嫌になっていた。
それがどうだろう。
今では、目を輝かせながら、口元に小さな笑みを浮かべて妹の手を引いている。
「アラクネもそう思わぬか?」
「うん……そう思う」
その姿に一瞬だけ、じーんと来てしまう千恵子であったが、同時に混乱していた。
(一体、どういう基準で、ヤキモチやくんだろう。いや、成長したから、ヤキモチすらやかないとか? それとも、ラクネちゃんの前だから、カッコつけているとか……? まじで、わかんないわ)
しかしながら、今、目の前では人外二人が人外に夢中となっているのは事実で――。
(あー、まぁ……楽しそうにしているからいっか! 私からすると、どっちも推しだし)
結局のところ、実害がなければ、どうでもよくなってしまう千恵子であった。




