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山本さんのお嫁さんは、最強のヴァンパイアちゃん!?  作者: ほしのしずく
第6章:蜘蛛っ子の奮闘・ヴァンパイアも奮闘

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空飛ぶ皿と、保護者(初心者)

 (うっし、一肌脱ぐか!)


 千恵子は大人として、保護者として、小さなの勇気を握り締めた少女の気持ちに応えることにした。


「したいこと言ってくれてありがと!」


 そう言って、不安気な表情を浮かべるアラクネの頭を優しく撫でる。


「じゃ、じゃあ……」


「うん、んじゃ、早速手続きしちゃうか!」


 すると、アカーシャもそのやり取りに聞き耳を立てていたようで、


「ニヒヒ! なんだか、子育てみたいであるな!」


 なんだか嬉しそうに犬歯を光らせていた。


「なに言ってんのよ! 妹でしょ?!」


(でも、まぁ、そうだよね……普通に生きていても、こんな経験することはなかっただろうしなー)


 この関係を家族っぽいとは感じていた。

 今だって、保護者としてという考えが自然に出てきた。

 されど、いざ子供と言われると……今までの自分を振り返ってしまう。

 男性に、恋に、焦がれるなんてことはありえない。

 推しがいれば、生きていける。

 そんな自分を。

 

 だからこそ、子供が関わるイベントは、自分と無縁――そう思っていた。


(私が子持ち……母さんも父さんもどんな顔するんだろう……って、私になに考えているんだろう――)


「ふふっ」


 ありえない変化に思わず、笑みが溢れた。


 否定しつつも、アカーシャの考えをすぐさま受け入れる――受け入れてしまっている千恵子である。


 そんないつもと違う千恵子に対して、アカーシャはなにか思い当たることがあったようで、

 

「旦那様……なにがおかしいのだ? はっ! もしや――?!」


 などと、言った。


(絶対、なにか勘違いしているよね……)


 積み重ねてきた日々、それは直感ではなくて、データとしてすでにある。


(こういう時、アカーシャが口にしそうなことって――)

 


 ――刹那、千恵子の思考は加速する。

 


 ①我と子作りしたいのであるか?

 ②アラクネのことまで、狙っているのか?

 ③なーんかエッチなこと想像したであろう?


(絶対、この辺りだよね……)


 自分で予想しながら、苦笑してしまう。


(でも、ここで引いてしまったら、女が廃る! 先手必勝だぁぁぁーー!)


 これがやけくそというものである。

 

 そんなやけくそOL千恵子が、導き出したベストアンサーは――。


「ラクネちゃんが見てるよ! アカーシャ!」


 第四の選択肢、アカーシャの姉心に訴えることであった。


(これで引き下がるはず!)


 これは確信にも似た読み。


 新妻であろうとし、少女のような面も持ち合わせている。それだけではなくて、王族として威厳も備えている。

 でもアカーシャの構成する要素はまだあるのだ。


 それが姉という立場である。


「ムムッ、そうくるとは……旦那様もなかなかであるな」


「そりゃね……どうせアカーシャのことだから、とんでもないことを言うと思ってね」


「そんなことないのだ! ”夫婦”としては当然のことなのである!」


「いや、仮に”夫婦”だとしても、私は女だから!」


 もうすっかり夫婦という言葉に抵抗が無くなりつつある千恵子である。


「ニヒヒヒィ……とうとう、言質を取ったのである! 旦那様が自らふ・う・ふと言ったのだーーーー!」


「いや、それは……ちが――」


 千恵子が席を立ち、どうにかなかったことにしようとするが、アカーシャはそれを華麗なステップで躱して、


「我らの愛は~♪ 種族を越え~、未知なる関係にぃ~♪」


 などと、絶妙にセンスのない歌を披露する。


 そして、くるくる回転しながら、照り香り彩り全てが完璧な生姜焼きを手に取った。

 



 ――その時。


 


「ワ――ッ」


 突如として響くは、アカーシャの声。

 


 ――瞬間。

 


 宙に舞うキャベツ、それは夜空に輝く花火のように広がり、その上を平皿三枚が漂う。


 緩く回転しながら、加工していく平皿たち。


 まさにそれは――。


(UFO……)


 などと思いながら千恵子は呆然と見つめる。


 そう、unidentified flying object.つまり、UFO=未確認飛行物体である。


 いや、この場合はflying plate.ということは、FP=空飛ぶ皿であろう。


「……これが、UFO……」


 千恵子よりも、少し早くアラクネが口にした。


 曲がりにも蜘蛛の人外がUFOに心奪われてしまう何ともあれな瞬間であった。

 


 ――刹那。



 その言葉を聞いたことで、千恵子は正気に戻って叫んだ。


「アカーシャ!」


 足を滑らせて、背中からフローリングへダイブし掛けていたアカーシャは、羽を広げて宙に浮いて、目にも留まらぬ速さで皿とキャベツ回収した。


「――っふう。何とかなったのだ……」

 

 アカーシャは額ににじみ出た汗を拭う。


 千恵子、アラクネも安堵の表情を浮かべた。


 

 が、その数刻後。


 

 べちゃっという音と、少し遅れて「フギャ――」というなんともなさけないアカーシャの声が響き渡った。


 


 ☆☆☆


 


 千恵子が再びキッチンへ視線を向けると、湯気を立てる生姜焼きを頭から被ったアカーシャが立っていた。


 「いや……えーっと、大丈夫? アカーシャ?」

 

 その問い掛けに応じることはなく、肩を震わせていた。


 痛いとか、そういうものではない。

 もし火傷をしていたなら、リアクションの大きなアカーシャなのだ。

 すぐさま大きな声を上げていたはず。

 では、なぜ、黙り込んで肩を震わせているのか。


(もしかして……泣いている?)


 千恵子の心の内に応えるように、鼻水を啜る音と、嗚咽が聞こえた。


「アーちゃん……」


 そう呟くとアラクネはゆっくりキッチンへと向かって、依然としてむせび泣くアカーシャ目の前に着くと、背中から出した八本の腕で瞬時に布巾を生成した。


 そして、八本の腕を用いて、生姜焼きを取り除き、その手に握った布巾で汚れたアカーシャの頭や顔拭った。


「落ち込まないで……そんな……時もあるから」


「――グスッ……う、うむ」


(なんというか……やっぱり、不思議な関係だわ……)


 妹や姉、それだけでは括れない絆がそこにあった。


(でも――)


「そうだよ! まぁ、絶対美味しかっただろうから、勿体ないけど。でも、毎日ご飯作ってくれているんだし、今日くらいは出前でもよくない?」


 確かに、覚えは早く、便利な魔法だってあった。

 けれど、アカーシャはこの世界に馴染む為、自分を喜ばす為に間違いなく努力を積み上げてきた。

 だからこそ、かなしいし、涙するのだろう。


 傍から見たら、些細なことかもしれない。


 でも、自分にもアカーシャからすると短いかもしれない三十三年間の人生で、幾度も経験してきた努力が報われない瞬間はあった。

 

 なので、この気持ちは一番よく知っているし、その不思議な関係に、言い表せない絆の中に自分もいる。

 


 ――だから。


 

「お寿司でも、頼もうよ! 新鮮なら生のイカだって美味しいんだから!」


 少し高い出前を取って、みんなで食卓を囲むことにした。


 子供の頃、自分が落ち込んだ時、両親がしてくれたように。

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