難しき乙女心
「それってさ……一番初めに、私に見せたかったってこと?」
「うむ……そうである」
アカーシャは指をツンツンしながら頷く。
(あー、あれか! ここ最近、皆と出掛けてくるってよく言ってたやつ……?)
聞いてもいないのに、どこどこにいってくるなど、仕事中に連絡を入れてきた。
いつもなら、真っ直ぐ帰ってくるのか、飲み会などはないのかなど、まさに嫁ムーブメントを起こすのみだというのに。
それをわざわざ知らせてきたのだ。
つまり――。
(気付いてほしいアピールってことかー……でも、わかりくいって! 直接言ってよ!)
気付いてほしいけど、言えない。
複雑な恋する乙女心といったものである。
「あのね、アカーシャ――」
心の内を口にしようとしたが、目の前にいるアカーシャの表情を見たことでやめる。
(はぁー……なんで、泣きそうになってんのさ……私が頭ごなしに否定したとでも思ったの? )
いつもは自信があるように振る舞うし、自分や愛美以外の人間に対して、どこか達観している価値観、言葉の端々から冷酷さも垣間見える。
だというのに、こんな些細なことで、落ち込む。
(んもう、困った子だなー……まぁ、でも――)
色んな面を抱えた等身大の女の子。
いささか、等身大にしては色々とぶっ飛んでいる気はしないでもないが……とにかく、そう! それがアカーシャなのである。
「えーっと、その……一番に見せたいって、思ってくれて、ありがと……」
(……こんなふうに誰かの気持ちを、ちゃんと受け止めたいって、私……好きだったりして――)
自然に感謝を述べたことで、ふと気になった。
なぜ、誤解を招いたことにここまで訂正したいと感じるのか……なぜ、こんなにもアカーシャを目で追っているのかを。
(いやいや、私は女だし! まぁ、推しの人外ではあるし、一緒に居たいって思わなくもないけど――でも! どっちかというと大人な方がいいし……そう、そっちの方がいい……うん)
推し≒吸血鬼orヴァンパイアだったのが、推し? ≒アカーシャとなっていることにも気付かない。
ツッコミは鋭い癖に、自らの気持ちに鈍感な千恵子である。
すると、その反応が嬉しかったようで、つい先程まで瞳を潤ませていたアカーシャは、太陽に向かって花を咲かす向日葵のような笑みを浮かべた。
「ニヒヒーーッ!! いいのである!」
そして、白い犬歯を見せると、
「そ、その……それよりもだ――」
顔を赤らめてモジモジし始めた。
(全く……なんでこういうのはちょっと奥手なのさ……)
珍しくブーメランな発言をする千恵子である。
仕事はそつなくこなし、最近ではアカーシャの影響もあって人当たりも柔らかくなった。
しかし、自身だって、恋愛の”れ”の字すら知らない――いや、正しくは漫画や小説、アニメ、周囲の経験談から知識自体は得ている。
けれど、それはあくまでも知識。
持っていたからといって、使えなければ特に意味を成さない。
いわゆる恋愛”木偶の坊”さんなのである。
そんな千恵子の内心を察したのか、いつの間にやら、キャミソールスタイルの水着姿となっていた愛美が声をあげた。
「山本さん! ここは見たいと宣言しないとダメですよ! 恋愛において、恋人が欲しいリアクションは先手先手でしなければいけないんです!」
「さすが愛美殿……違いないです! 特に攻め受けが明確なのは、よくある主従関係においても通じるものがありますから!」
真面目に腐っているデュラハン(忠臣)である。
「そうです! ただ与えられることを受け入れているとか言語道断ですからね! 恋人って、与えられるだけじゃダメなんですよ。お互いに応えなきゃ!」
一方、愛美は大きな声で自らの意見を言い切ると、フリーディアに手を差し出した。
ガシッと固い握手を交わす二人の忠臣。
いつぞやの日を彷彿させる光景である。
これだけであれば、その身に降り掛かった数々のトラブルを捌いてきた女性。
その活躍の場は、今や会社だけに留まらず、非日常が当たり前になった日常、この個性豊かな人外ズ(人間含む)に対しても遺憾なく発揮される。
なので――。
(ふふっ、もうそれくらいでは驚かないよ)
あーらしいなー、二人って感じだなと思うことはあっても、動揺はしない。
けれど……。
まさかの伏兵が現れた。
それはアメジストのような瞳、薄紫のショートカットが似合う色白少女、アラクネであった。
「よく……わからないけど――」
そういうと伏兵アラクネは、愛美たちの元に近づいて、
「私も……そう……思います!」
二人の間に入り、その手を握った。
直後、顔見合わせて深く頷く臣下組とアカーシャの妹であるアラクネ。
「ふふっ! これで三本の矢となりましたよ! どうですか? 山本さん、これで頷くしかなくなりましたね!」
先程よりも、圧の増した愛美が言う。
(めちゃ張り切っているし、マナちゃん。でも、まさかのラクネちゃんまでそっちにつくとは……というか……なんでこれで成立してんのよ。ズレている以前の話じゃないの? そもそもさ――)
「いや、私とアカーシャ付き合ってはいないし……」
それが事実であり、真実。
しかしながら、三本の矢と化した忠臣ズwith妹には意味をなさない。
グイグイと距離を詰める愛美たち。
「今は、そんなことどうだっていいんです! いいですか? アカーシャちゃんは山本さんのことを想って水着を選んだんですよ!」
「そうです! どれだけ悩んで決めたことかっ!」
「ですよ。アーちゃんは……ちえちえさんのことを考えて……選んだんです」
(ダメだ、ここには味方が一人もいない……)
オドオドしているアカーシャに、三本の矢から、まるで面倒くさい仲人になった忠臣ズwith妹を前にため息を吐く。
もしここに空気を読まないキルケーとか、案外常識人な猛がいてくれたら、この四面楚歌な状況もちょっとはマシだったかもしれないのに。
だが、残念なことにいないのである。
すると、オドオドアカーシャがようやく決心したのか、
「で、では、見せてあげるのだー!」
と言い放ち、パーカーを勢いよく脱いだ。




