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山本さんのお嫁さんは、最強のヴァンパイアちゃん!?  作者: ほしのしずく
第5章:伝わる気持ち

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アカーシャズ、鳩になる?!

 同時に視線を合わせて目配せすると”雄”鳩の真似を始めた。


「「ホーホホッホホー、ポロロゥ……」」


 パジャマを持ったアカーシャが右手を前にして嘴っぽく、前に進む度首をひょこひょこする。


 すると、もう一人のアカーシャも同じように動く。


 それはもう、鳩そのもの。


 臣下たちが目にしたり、夜の国に住まう民が見たら、どう思うかは……想像に容易い。


 けれど、ハイクオリティな真似であることには間違いない。


「ホーホホッホホー」


「ホーホホッホホー」


 ベランダに響く鳩と化した王たち鳴き声。


((もうすでに(つがい)だと思わせれば、優しい旦那様なら、流してくれるはずなのだ!))


 二人のアカーシャは互いの顔を見合わせて頷く。


 さて、もうお気づきだろう。

 その鳴き声が雄のものだということを。


 だが、残念なことに……雄鳩になりきったアカーシャズはなにもしらない。


 普段のアカーシャであれば、こんなヘマをすることはない。浮かんだ妙案でも思慮深く(自分なりには)、熟考に熟考を重ねてから(自分なりには)実行する。


 魔法でパジャマを元の状態に戻すといったように。


 けれど、対千恵子となると、アカーシャの思考レベルは著しく下がってしまう。


 それはまるで推しを前にしたオタクのようにだ。


 この案が適切だったのは別として、


「そう、ふーん……わかった……」


 千恵子はそういうと静かになった。


((フフーン! ナイスな選択であったな!))


 安堵したその時。


 カーテンがバッと勢いよく開いて、そこには――死んだ目をした千恵子が立っていた。


「なんかおかしいと思ったけどさ……分身までして、なにしてんの? てか、鳩は……? それに……私のパジャマなんで濡れているの?」


「「こ、これは、その鳩がしたのだ!」」


「ふーん……鳩ねー……粗相でもしたってこと?」


「そ、そうである! 全く困ったものであるな! あれだ、その……鳩も旦那様の魅力に気付いたのだ!」


 パジャマを抱えたアカーシャが大袈裟に身振り手振りをするのなにも持っていないアカーシャも続いた。


「う、うむ! きっとそうなのだ! だから、マーキングしたのであろう!」


「へぇー……鳩がマーキングねぇー……」


「「う、うむ!」」


「じゃあ、なんで分身したの?」


「「そ、それは――」」


((まずいのだ! このまま不用意なことを発言してしまえば、いっかんの終わりである! だが、正直言うのも……))


 心の内で呟きながら、二人のアカーシャは目を見合わせて頷く。


 千恵子と二人だけの生活であったなら、醜態を晒そうとも、そこで終わっていた。


((今は、アラクネもいるしな……))


 ダメなことはダメと言い合う。

 怒られることは嫌だけど、それもお互い様。

 ありのままで過ごせることは幸せで、できることなら、千恵子には嘘をつきたくない。


 でも、自身を慕ってくれる妹には、いいところを見せたい。


 ちょっぴりお姉さんモードなアカーシャである。


 そんな彼女の思いが通じたのか、千恵子は問い詰めることを止めて、


「まぁ、洗濯物、一人で干すの大変だもんね……早く干し終える為に、分身したんでしょ?」


 ぎこちない笑みを向けた。

 それは、全てを理解しているからこその態度。


「「旦那様……」」


 アカーシャたちは子犬のような眼差しを向ける。


「いや、ほら……その、まっ今日は勘弁してあげるってこと!」


 そういうと、プイっとリビングの方に向いて、カーテンを閉めた。


((やはり、我には……旦那様しかいないのである……))


 何度も口酸っぱく注意してきたかと思えば、短く素っ気ない言葉を発して死んだ目で見つめてくる。

 

 仕事が立て込んだり、嫌なことがあると突然子供っぽくなったり、発狂したりもする。


 推しの話になると煩い時もあるし、普段は直接言わなくても、酔ったら「大人の姿にならないの?」などと、ムッとすることも口にする。

 

 でも、どんな時だって、自分の全てを受け入れてくれる。王でなくても、強くなくても、人間でなくても。


((ふふっ、旦那様は人間でない方がいいか!))

 

 そう、忌み嫌うどころか、そのままがいいと言ってくれる。どの世界にもいないかけがえのない存在。


 今なら真正面から大好きと言える特別な人。


((そうか、これが愛というものか……))


 網戸越しの揺れるカーテンに見つめながら、アカーシャたちがあふれ出る気持ちを噛み締めていると、一際強い風が吹いた。

 


 ――その瞬間。

 


 その手に持った涎の付いたパジャマから柔軟剤のフワッと香る。


((ムフフ、旦那様の匂いだ……))


 例の如く、口元は緩み犬歯が覗くだらしない表情をする。


 しかし、


((ん? あれ、なんか嗅いだ気がするな……))


 どこか覚えのあるスンスンと鼻をひくつかせて、周囲の匂いを確認、確認。


「「ぬぁっ!? 我も同じ匂いがする。少し違う? だが、ほとんど同じだぞ。いつまでも嗅いでいたい落ち着く匂いである! なるほど、そういうことか――」」


 アカーシャはひとりでに納得する。


(長らく一緒にいると似てくるとか、魚屋の店主も言っておったしな……ん? でも、長くはない気がするが……)


 似てくるのは、容姿であって匂いではないし、期間も短い。

 

 そもそも一緒に暮らし、同じ柔軟剤を使用しているわけなので、匂いが近いのは当然。


 というか、夫婦や恋人など、意中の相手同士が共同生活によって容姿が近づくのも諸説あり――けれど、彼女はヴァンパイアの王であり、恋する乙女なのである。


 そんな些細なことはどうでもいいのだ。


「「ま、まぁ、どちらでもいいか!」」

  

 全て放り投げ、パチンと指を鳴らして分身を解除した。


 すると揺れるカーテンの向こう側から、


「あ、ラクネちゃん、めっちゃ口にアイスついてんじゃん! 早く拭かないと! ティッシュ、ティッシュ〜!」


 ドタバタ慌てる千恵子の声と、か細くでも、幸せそうなやんわりとしたアラクネの声が届き、薄っすらとその影が浮かんだ。


「よし、洗濯物を終わらせるぞぉぉぉーーーー!! そして、海だぁぁぁーーー!!!」


(あと、涎のパジャマも、もう一度洗って干すのだ!)


 現実を受け入れ欲望もしっかりと抱きながら、俄然やる気を出す我らが愛すべきアカーシャ様であった。

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