アカーシャズ、鳩になる?!
同時に視線を合わせて目配せすると”雄”鳩の真似を始めた。
「「ホーホホッホホー、ポロロゥ……」」
パジャマを持ったアカーシャが右手を前にして嘴っぽく、前に進む度首をひょこひょこする。
すると、もう一人のアカーシャも同じように動く。
それはもう、鳩そのもの。
臣下たちが目にしたり、夜の国に住まう民が見たら、どう思うかは……想像に容易い。
けれど、ハイクオリティな真似であることには間違いない。
「ホーホホッホホー」
「ホーホホッホホー」
ベランダに響く鳩と化した王たち鳴き声。
((もうすでに番だと思わせれば、優しい旦那様なら、流してくれるはずなのだ!))
二人のアカーシャは互いの顔を見合わせて頷く。
さて、もうお気づきだろう。
その鳴き声が雄のものだということを。
だが、残念なことに……雄鳩になりきったアカーシャズはなにもしらない。
普段のアカーシャであれば、こんなヘマをすることはない。浮かんだ妙案でも思慮深く(自分なりには)、熟考に熟考を重ねてから(自分なりには)実行する。
魔法でパジャマを元の状態に戻すといったように。
けれど、対千恵子となると、アカーシャの思考レベルは著しく下がってしまう。
それはまるで推しを前にしたオタクのようにだ。
この案が適切だったのは別として、
「そう、ふーん……わかった……」
千恵子はそういうと静かになった。
((フフーン! ナイスな選択であったな!))
安堵したその時。
カーテンがバッと勢いよく開いて、そこには――死んだ目をした千恵子が立っていた。
「なんかおかしいと思ったけどさ……分身までして、なにしてんの? てか、鳩は……? それに……私のパジャマなんで濡れているの?」
「「こ、これは、その鳩がしたのだ!」」
「ふーん……鳩ねー……粗相でもしたってこと?」
「そ、そうである! 全く困ったものであるな! あれだ、その……鳩も旦那様の魅力に気付いたのだ!」
パジャマを抱えたアカーシャが大袈裟に身振り手振りをするのなにも持っていないアカーシャも続いた。
「う、うむ! きっとそうなのだ! だから、マーキングしたのであろう!」
「へぇー……鳩がマーキングねぇー……」
「「う、うむ!」」
「じゃあ、なんで分身したの?」
「「そ、それは――」」
((まずいのだ! このまま不用意なことを発言してしまえば、いっかんの終わりである! だが、正直言うのも……))
心の内で呟きながら、二人のアカーシャは目を見合わせて頷く。
千恵子と二人だけの生活であったなら、醜態を晒そうとも、そこで終わっていた。
((今は、アラクネもいるしな……))
ダメなことはダメと言い合う。
怒られることは嫌だけど、それもお互い様。
ありのままで過ごせることは幸せで、できることなら、千恵子には嘘をつきたくない。
でも、自身を慕ってくれる妹には、いいところを見せたい。
ちょっぴりお姉さんモードなアカーシャである。
そんな彼女の思いが通じたのか、千恵子は問い詰めることを止めて、
「まぁ、洗濯物、一人で干すの大変だもんね……早く干し終える為に、分身したんでしょ?」
ぎこちない笑みを向けた。
それは、全てを理解しているからこその態度。
「「旦那様……」」
アカーシャたちは子犬のような眼差しを向ける。
「いや、ほら……その、まっ今日は勘弁してあげるってこと!」
そういうと、プイっとリビングの方に向いて、カーテンを閉めた。
((やはり、我には……旦那様しかいないのである……))
何度も口酸っぱく注意してきたかと思えば、短く素っ気ない言葉を発して死んだ目で見つめてくる。
仕事が立て込んだり、嫌なことがあると突然子供っぽくなったり、発狂したりもする。
推しの話になると煩い時もあるし、普段は直接言わなくても、酔ったら「大人の姿にならないの?」などと、ムッとすることも口にする。
でも、どんな時だって、自分の全てを受け入れてくれる。王でなくても、強くなくても、人間でなくても。
((ふふっ、旦那様は人間でない方がいいか!))
そう、忌み嫌うどころか、そのままがいいと言ってくれる。どの世界にもいないかけがえのない存在。
今なら真正面から大好きと言える特別な人。
((そうか、これが愛というものか……))
網戸越しの揺れるカーテンに見つめながら、アカーシャたちがあふれ出る気持ちを噛み締めていると、一際強い風が吹いた。
――その瞬間。
その手に持った涎の付いたパジャマから柔軟剤のフワッと香る。
((ムフフ、旦那様の匂いだ……))
例の如く、口元は緩み犬歯が覗くだらしない表情をする。
しかし、
((ん? あれ、なんか嗅いだ気がするな……))
どこか覚えのあるスンスンと鼻をひくつかせて、周囲の匂いを確認、確認。
「「ぬぁっ!? 我も同じ匂いがする。少し違う? だが、ほとんど同じだぞ。いつまでも嗅いでいたい落ち着く匂いである! なるほど、そういうことか――」」
アカーシャはひとりでに納得する。
(長らく一緒にいると似てくるとか、魚屋の店主も言っておったしな……ん? でも、長くはない気がするが……)
似てくるのは、容姿であって匂いではないし、期間も短い。
そもそも一緒に暮らし、同じ柔軟剤を使用しているわけなので、匂いが近いのは当然。
というか、夫婦や恋人など、意中の相手同士が共同生活によって容姿が近づくのも諸説あり――けれど、彼女はヴァンパイアの王であり、恋する乙女なのである。
そんな些細なことはどうでもいいのだ。
「「ま、まぁ、どちらでもいいか!」」
全て放り投げ、パチンと指を鳴らして分身を解除した。
すると揺れるカーテンの向こう側から、
「あ、ラクネちゃん、めっちゃ口にアイスついてんじゃん! 早く拭かないと! ティッシュ、ティッシュ〜!」
ドタバタ慌てる千恵子の声と、か細くでも、幸せそうなやんわりとしたアラクネの声が届き、薄っすらとその影が浮かんだ。
「よし、洗濯物を終わらせるぞぉぉぉーーーー!! そして、海だぁぁぁーーー!!!」
(あと、涎のパジャマも、もう一度洗って干すのだ!)
現実を受け入れ欲望もしっかりと抱きながら、俄然やる気を出す我らが愛すべきアカーシャ様であった。




