休みって融けるよね
それぞれの夏休みを過ごす頃。
2LDKの築数年、家賃7万円のマンション。
その二階、二〇五号室の千恵子たちが住まう新居にて。
夏休みは残り二日となったことで、その家主、千恵子はダークサイドに墜ちようとしていた。
どんな優れた者であろうとも、休みが明けるおおよそ二日から三日前に発症する病みたいなもの。
そう、お仕事イヤイヤ病である。
「休みが明けるぅ〜……嫌だなー」
ソファーで仰け反っては、ごろんと向きを変えて、
「ぬわー、もっと休みたいー……」
などと、お気持ち表明しながら、ヴァンパイアのクッションに顔を埋めた。
そして小さく手足をジタバタ、バタバタ。
その姿は、大きな子供である。
大きな子供と化した千恵子の隣には、アカーシャお手製のアイスクリームをパクパクと食べ進めては「うんま、うんま」というアラクネがいた。
「ちえちえさん……いつもお仕事頑張って偉い……です」
口元にアイスクリームをべったり付けながらも、項垂れる千恵子の背中を優しくさする。
年老いた人間同士がそれぞれの世話をする。
老老介護なんて言葉はあるが、これは人外介護といったところだろう。
こんな様子、窘められることはあろうとも、褒められることはない。
けれど、例外がいた。
ベランダで洗濯物片手にその光景を見て、だらしのない笑みを浮かべている人物。
(グヘヘ……子供っぽい旦那様も可愛いな……)
嫉妬をも乗り越えた(本人的には)アカーシャだ。
こんな誰がどう見てもときめくわけはない状況下で、千恵子にときめき可愛さを感じていた。
(っと、可愛いのはいつもだったな!)
盛大に惚気ると、何気なく視線を下に落とした。
(そういえば……この季節は海に行くのが習わしだとか……知恵袋の皆は言っておったな……。そうだ! 夫婦の愛は波に揉まれると深まるとかも……ムフフ)
知識を得る場所間違っていますよー! 今の時代、少し検索すれば、なんでも出てきますよー! なんて忠告する人はいない。
当たり前である。これはアカーシャの心の内なのだから。
(海、行ってみたいな……あまり人のいないところで、旦那様と、二人で……グヘヘ)
洗濯籠から、手に取った千恵子のパジャマに顔埋めて、すぅすぅ匂いを嗅ぐ。
その顔はなんともだらしない。
完全にいかがわしい想像をするアカーシャである。
いつもより洗濯物に時間が掛かっているせいなのか、それとも、なにか予感がしたのか……アカーシャがベランダで欲望を爆発させたその時。
千恵子の声が響いた。
「アカーシャー、なんかあったー?」
「――ぬっわっ!? なは、なんにもないぞ! ちょっと鳩がいたのだ!」
予想外のことにその場であたふた。
鳩がいたなど、よくわからないことまで口にする始末。
(し、しまったのである! 咄嗟に鳩など……我のバカ!)
などと、いくら反省しようとも、過ぎた時は戻らない。
「は、鳩?」
その問いかけに、咄嗟に鳩の真似をするアカーシャ。
「ホーホホッホホー」
「本当だ……てか、ヤバいな。鳴き声的に”雄”の求愛行動だよ! それ! 鳩には悪いけど、どっかに移動して貰わないと!」
(きゅ、求愛行動?! なるほど、この鳴き声はそうだったのか! さすが旦那様だ。なんでも知っているのだな! って、違う違う! 今はそんなところに感心している場合でない。このままでは旦那様が、カーテンを開けてしまう――)
そう、関している場合でない。
涎まみれになったパジャマを早く元に戻さないと、色々とまずい。
洗濯前の衣服をすぅーはぁーすぅーはぁーしていることまで、また注意されてしまう。
すると、アカーシャに妙案が浮かんだ。
(ムフフ、いい案が浮かんだのである! さっすが! 我! これなら全てを解決できるぞ!)
すぐさま、その案を実行する。
魔力を込めて、指をパチンを鳴らす。
直後、アカーシャの体が煙のように霧散し、二つの塊に別れて――人の形となっていった。
「「ムゥフン! 完璧なのだ!」」
腰に手を当てドヤるアカーシャズ。
彼女の頭に浮かんだ妙案は、二人になって鳩の真似をすることであった。
正直なところ、嫌な予感しかしない。
だが、当のアカーシャたちはそんな予感など微塵も感じていなかった。




