敵城視察(バイドの面接に来ただけです)
愛美が千恵子たちに相談してから三日後。
夏休みの残り数日。
働こうと決めた忠臣フリーディアと、その背中を押そうとしているもう一人の忠臣、愛美は”棺桶狭ネジ工業株式会社”から、徒歩十五分の場所にあるカレー屋へと足を運んでいた。
「なるほど……ここが、候補に挙がった戦地の一つ……いえ、職場なのですね……なかなかにいい匂いがします」
フリーディアは目尻をキリッと上げて、手づくり感のある看板をまじまじと見つめる。
対して、その隣にいた愛美は、なぜだか微笑んでいた。
「そうなんですよー! ここのカレーとっても美味しくてですね――」
(嬉しそうな愛美殿の顔……なるほど、胃袋を掴まれているようですね。この世界では、三つの袋が大切だと仰っていましたね。アカーシャ様が――)
脳裏に浮かぶは、さまざまな知識を持った元老院のようなもの(アカーシャ曰く)である知恵袋というものから、得たことをまるで自分の手柄のように語る主君の姿。
ちょっぴり残念な鼻高々アカーシャであった。
「えーっと、確か……堪忍袋、胃袋、お袋でしたっけ?」
フリーディアは腕を組みボソボソと呟く。
大切と言えば大切。
しかしながら、それはあくまでも夫婦生活においてである。
今のこの場において適してはいない。
というか、今の多種多様なご時世だ。
袋といっても、それぞれの家庭によって違う。
巾着袋であったり、ゴミ袋であったり、ガチャ袋であったりと。
とにかく、この状況において的外れである。
そのズレた言葉にさすがの愛美も頷きながらも考え込む。
「ほうほう、お袋……ですか……」
(愛美殿のこの反応……なにか間違っていたのでしょうか?)
そう、間違っている。
というか、今の状況では間違いない必要としない価値観である。
(――ああ、なるほど……もっとよく建物自体を見た方がいいということですか……戦でも事前情報は大切ですし。さすがは愛美殿)
もはやズレにズレきった真面目な忠臣、フリーディアの思考は留まるところを知らない。
そもそもその論理でいくなら、前もって自身の就業場所について調べる。もしくは聞くのが当然。
だが、残念なことに誰も指摘しない。
結果、勘違い忠臣フリーディアは、鍛え上げられた一本の剣の如く、真っ直ぐに自らの考えた事実を信じて、
(――大きめの窓、中からも外からもはっきりと見える。ほう、色々と考えられていますね……これなら悪事を働く者がいても、すぐに対処できます)
全く的外れである。
だが、本人は至って真剣そのもの、引き続き敵情視察する。
その姿はなんともらしい内心と相まって、敵情視察に来た忍の如し……いや、騎士なので武士、そう思われたが。
今、現在彼女が着こなしているのは、愛美とショッピングを楽しんだ時の戦利品。
オーバーサイズのTシャツにハイウエストのスキニーパンツ、そしてスニーカーといったこの世界ではごくごくありふれた服装である。
ということは、ただ年若い美女が友達と一緒にバイトの面接にきた。
ただそれだけである。
つまりは、主君と同じように染まりやすいフリーディアであった。




