蘇る記憶
「う、運命の出逢い?!」
(なに、運命の出逢いって……私がこの幼女に何かしたってこと?! まさか……酔った勢い的な何かで――?!)
酔った勢いというのはあながち間違いではないし、何かしたというのもあってはいる。
千年も生きてきたヴァンパイアの王であるアカーシャの心を盗むといったとんでもない行いを。
いや、実際(物理的)に何かをしたのはアカーシャの方ではあるが、お酒により、その出来事は記憶の彼方にある。
なので、人外とはいえ、ヴァンパイアとはいえ、アカーシャの見た目は人間の少女だと言われたら納得してしまう。
そんなアカーシャを、本人に運命の出逢いと言わしめるような何かした上、全裸少女だったアカーシャを拾った。という事実だけが千恵子の脳内を埋めていた。
つまりは……。
(お、終わった……)
「あはは……」
苦笑しか出てこない。
なにはともあれ、ついさっき想像した良くない未来が現実に起ころうとしているのだから、当然の反応だろう。
「いや、でも――」
(……もし、始めから全裸だとしたら、拾うというか声をかけるすらしないよね……いくら酔っていたとしてもさ……)
そんな法令ギリギリアウトのような存在をわざわざ拾うなんて行為、酔っていようともしない。
何か行動を起こすとしたら、警察に通報するくらいで、それに昨日の晩はオタク友達と飲んだ記憶しかない。
(ん……? そう言えば、昨日の夜、傷だらけのコウモリに話し掛けたような……)
「コウモリ……」
千恵子は頭に浮かんだ記憶の断片を呟く。
口にしたことで、昨日の晩あった出来事を思い出した。
「あっ! も、もしかして……君って、あの時のコ、コウモリ?!」
勢いよく立ち、差し出されたあったか〜いお茶を啜るアカーシャを指差す。
まさに点と点が、全てが繋がった瞬間である。
「フハハハッ、ようやく思い出したか! そうである! あの街中に建っている円柱の何かに隠れていたところを旦那様が見つけてくれたのだ!」
「あはは……そうか、そうだったんだ」
(もう、なんとかなれー精神でいくしかないよね……自分で撒いた種っぽいし)
突如降りかかった、奇妙な現実に納得していると机に置いていたスマホが鳴った。
――ブブッ。
「ん?」
千恵子はそれを手にとって確認する。
「え――っ!?」
その画面に表示されていたのは、オタク友達(部下)からのチャット。
《おはようございます! 昨日、かなり泥酔してましたけど大丈夫ですか? あと、部長が明日の会議に山本さんも出てほしいって……祝日にすみません! お互い楽しい推し活をー!》
「な、な、なにぃーーーーーーー!!!」
とんでもなく煩い。
チャイムと鳴らした時に吠える犬よりも、救急車のサイレンよりも遥かに煩い。
でも、仕方のないことであった。
送られてきた文面からわかるように、今日は祝日。
そう、残念なことに祝日なのだ。
――ということは。
「えー……支度損ってこと?」
支度損かどうかと聞かれたら、間違いなく損であろう。
働く女性ともなると尚更だ。
これが自己意識高め系女子であれば、朝から白湯を飲み、サプリメンテーションをキメル。
そして、朝日を浴びる為に散歩やジムやティラピスといった「太陽さん、おはようー! 朝活できる私偉い」のような自己肯定感爆アゲなことに取り組むだろう。
しかし、千恵子は真逆をいく。
休日に惰眠を貪りなら、好きな人外アニメや漫画に小説、もしくは配信などを見ながら、お昼までダラダラ過ごすといったように。
誤解のないように言っておくとこれが千恵子にとって、これこそが至極であり、究極の贅沢なのだ。
ここにお酒があれば尚の事いい。
「全く……我の旦那様は騒がしいな」
「いやだってさ! 出勤だと思ったから、メイクもしたし、スーツも着たんだよ?! これで叫ばないとかありえないでしょうよ!」
「ふむ。そういうものなのか。わかった!」
アカーシャはコクンと頷くと、宙に手をかざし魔法陣を出現させて、
「ふむ、覚えておこう」
そこから束になった羊皮紙と万年筆を取り出して、その情報を書きとった。