おっきくて小さな輪の中に
忠臣たちが腹を括ったその翌日、夏休み二日目。
相変わらず、蝉はうるさく、外は炎天下。
しかし、千恵子の住まうマンションの一室は、冷房がしっかり効いている。
そんな快適空間で、二人の女性は話し込んでいた。
内容は、愛美が仕事に就きたいと決意したフリーディアの力になりたいということであった。
「なるほど……それで一人でうちに来たってことね」
リビングにあるソファーの上で、千恵子は冷えた麦茶片手に頷く。
「はい! 山本さんなら、なんか伝手とかあるかなーと思って」
違和感もなく、いつも通り隣に座るのは――彼女の部下であり、同志でもある愛美である。
実は、彼女が千恵子に相談したいことがあると話を持ちかけて、この場が設けられた。
ちなみにアカーシャとアラクネは、キッチンで来客用にと準備していた水羊羹を切り分けている。
「はぁ……伝手って、私はなんでも出来るネコ型ロボットか!」
「いえ、山本さんは人間ですよ! れっきとした、素晴らしい上司であり、頼れる同志さんです!」
ツッコミすら殺しにかかる天然さん愛美である。
「あ、いや、そうわけじゃなくて、例えで言っただけだからね」
「うむ……テレビでよく見るネコ型ロボットか……確かに浪漫はある……ロボットなど、我の世界ではない技術であるからな」
などと、滑らかに会話へ入ってくるのは、エプロン姿のアカーシャである。
その間も食器棚から、お皿を取り出したり、冷たい緑茶を準備したりと、王としてはどうかとは思う。
けれど、千恵子の嫁としてはなんの違和感もない――ない? ないのだ。
そんな来客の対応にも慣れてきた誇り高き王……もとい、誇り高き嫁アカーシャの隣で踏み台に立つは、蜘蛛っ娘アラクネ。
形成した糸で水羊羹を切り分けていたのだが。
どうやら彼女も、ロボット談義に興味があるらしく動きを止めて、
「う、うん……アラクネもそのロボットは……好き。なんか……えーっと、その……好き」
コクリコクリと首を縦に振った。
「フフッ、さすがは我が妹! わかっておるな!」
そんな妹の頭を撫でるアカーシャ。
姉による”よしよし”を受けた妹アラクネは、
「えへへ……」
柔らかい笑みを浮かべた。
それにつかさずツッコミを入れる千恵子。
「いや、今はロボットの話じゃなくて――」
(ふふっ、山本さん、なんか楽しそうー!)
微笑む愛美の前には、ロボットの話で勝手に盛り上がるアカーシャとアラクネを相手にし、時折、ため息交じえながらも、どこか穏やかな表情をする千恵子の姿があった。
(きーっと、アカーシャちゃんとアラクネちゃんのおかげだ! なんか役目を取られちゃったみたいで、ちょこっと妬けちゃうなー)
今までは、二人だった。
入社して悩みを打ち明けてから、お互いオタクということもあり女性とかいう、造語も作って、その距離を縮めた。
気がつけばお互いに趣味を理解していこともあって、休日でも会う仲になり、金曜日の仕事終わりなどは、よく飲みに行った。
そんな、当たり前のように繰り返されてきた毎日。
そこに千恵子の推し人外である、ヴァンパイアの王……アカーシャ、そしてその妹だというアラクネまで現れた。
(いやいや、私はアカーシャちゃんの臣下だから、平気だもんねー! そもそも、私にもフリーディアちゃんがいるもん! うん……)
今は前より間違いなく、楽しいし、充実している。
それでもちょっぴり、さみしいのが本音であった。
そんな愛美の心の内を、なにかから察したのか、千恵子は、目を細めて様子を伺う。
「なーに、その表情……」
「え?!」
「あー……どうせあれでしょ? ここには自分の役目はないなーとか、居場所はないからいっかーとか、考えてたんでしょ?」
「あ、え、いや、その……邪魔はしたくないなーと、楽しそうだったので……」
「んもう! そんなの気にしないの! マナちゃんは、アカーシャの臣下なんでしょ? じゃあ、身内みたいなもんなんだから!」
「み、身内ですか……」
尊敬する上司であり、同志である千恵子からの不意な一撃。いつも明るく元気に応じる愛美であっても、少しペースを乱されてしまい、顔を赤らめて口籠る。
そんな中。
一際大きな声が響いた。
「な、身内とな――?! ということはだ……祝言をあげるぞ! アラクネ! まなみ! 旦那様が正式に輿入れしてくれるらしい!」
キッチンで水羊羹を取り分けていたアカーシャである。
一体全体、どういう脳内処理を行えば、そのような答えに辿り着くというのだろう。
しかし、そんな疑問を持ったところで、真実はアカーシャ本人にしかわからない。
でも、臣下にとっては、真実かどうかなどの問題ではなかった。
(輿入れ……そんな言葉まで、知っているとは……さすがはアカーシャちゃん)
そう、新たな知識を吸収し、すぐに使うそのセンスに畏敬の念を抱いていた。
つまり、まぁまぁの……末期なのである。
「なんでそうなるのよ……そもそも輿入れって……どっかからそんな言葉を――」
「こ、輿入れ……お、大人ですね……」
アラクネは、その言葉に大人っぽさを感じたようで目を輝かせる。
賑やかで、温かな空間。
少し前とは、確かに変化している。
もう二人っきりなんていうシュチュエーションは現れないだろう。
けれど、そこには変わらず自分の居場所があって、千恵子やアカーシャを通じて、新たな居場所もできた。
(ふふっ! そっかー! 私もこのおっきくて小さな輪に含まれているんだー!)
自らの居場所を再確認した愛美であった。




