働きたいデュラハン
一方、その頃のフリーディアと愛美の臣下組だが、リビングで食卓を囲みながら、なんとも神妙な面持ちで語り合っていた。
議題は魔女キルケーについて……というよりは、その同居人、幅霧猛についてであった。
「――はぇー、そうなんだー! キルケーちゃんって、あの猛くんのところで働いているんだー!」
ちゃっかり魔女キルケーすら、初対面であったはずの猛すら、ちゃん付けしてしまう、コミュ強の鬼――愛美である。
でも、そうなのだ。
あの魔女キルケーは、猛の勉学を教える家庭教師として、その父親と契約(ちゃんとした労働)を交わし、まさかの幅霧家に居候として住まわせてもらっていた。
「ええ、全く……どうやったのやら……」
(キルケー本人曰く、留学生だとかなんとか言い張ったらしいですが……)
そう心の内で呟いては眉間にシワを寄せるフリーディア。
それに合わせて、首元から出る青い炎がゆらゆら揺らめく。実はこの炎、彼女の感情によって揺らめいたり、勢いよく燃えたりする。
例えるなら、感情のバロメーターみたいなものだ。
(――それも本当かどうか……実に厄介な人ですね。アカーシャ様は、山本殿は知っているでしょうか?)
まさに”魔法”を使う”女”いや……”魔性”の”女”=魔女といったところだろう。
そんなフリーディアに愛美は身を乗り出して、顔を覗き込む。
「どうしたんですか? キルケーちゃん……急に考え込んだりして――」
互いの息が掛かる――その距離、ほぼゼロ。
対して、なにが起ころうともあまり動じることのないフリーディアであったが、さすがにお互いの息が掛かる距離には驚き、反射的に顔を逸らす。
「えーっと、愛美殿……ちょっと近いかと……」
(……愛美殿も案外、魔女の才があるかも知れませんね……)
思い起こすは、ここに来てからの日々。
夜の国では、古くから王家に忠誠を誓いその身を捧げるランスロット家に生まれて、傍遣いメイドとしても、軍隊長としても、幼き頃からアカーシャに仕えてきた。
だから、アカーシャの死を聞いた時は信じられず、藁にもすがる思いで、その痕跡を辿った。
そしたら、忠義を尽くす相手、アカーシャは無事であった。
それどころか……なんだったら、夜の国では滅多に見せることのなかった表情を――声色を、響かせて、この世界を楽しんでいた。
(私も、その理由を知りたくて、ここに留まったはずなんですけど……)
目の前では、自らの指摘になにが悪いのだろう? 顔を近付けるのって普通じゃない? と言わんばかりに頭上にクエスチョンマークを浮かべている愛美がいた。
底抜けの明るさに、なんの躊躇いもなく受け入れて、懐に入ってくる愛嬌。
相容れない存在と人間を位置付けていたというのに、いつの間にか、絆されてしまったのだ。
(この私自身の価値観すら変えてしまう熱量ですもんね……)
ふと昔の自分を他人のように感じてしまって、
「ふふっ」
フリーディアは思わず微笑む。
そして、自分に変化をもたらしたもう一人の”魔女”に言った。
「愛美殿。そんなに気にしなくて大丈夫ですよ!」
すっかり虜になっている忠臣フリーディアである。
そんな彼女の心の内など知らない愛美は、頬を膨らませて、
「むむむ……むむむ……むむむっ!」
などと言葉を発しながら、じーっとフリーディアを見つめる。
それはまるでなにかを疑っている視線だ。
「な、なんでしょうか?!」
(ま、まさか! この所作でなにかを察したということでしょうか?)
その内なる呟きに応えるように、愛美は瞳をキラリと光らせた。
「うーん……もしかして……あれだー!」
(さすが、愛美殿……私の考えなどお見通しといったところですね……あのキルケーが仕事を見つけて、私は無職……これほど屈辱的なものはないですからね)
たぶん、違う。
まだ、この生活を繰り返したことによる自らの変化ならわかる。
しかし、そんな個人的な内情を察するなど、不可能である。
例え女性特有のシックスセンスを持ってしてもだ。
もし仮にそんな考えを瞬時に読み取ることが出来たら、もう人間ではない。
間違いなく魔女であろう。
でも、ここにはその”ズレ”をツッコむ人間はいない――いないのである。
なので、話はそのまま順調? に進んでいく。
「デュラハンのキーホルダーのことですよね?」
一体、何がどうなってキーホルダーの話になったのか、さすがのフリーディアも、開いた口が塞がらない。
まさに飛躍、主語述語などド返ししての、感性でのやり取りである。
間違いなく千恵子以外の人物には通じない。
「は、はい?」
ぱちぱちと瞳を瞬かせるフリーディアに対して、愛美は動揺することなく、
「いやだから、私たちが買っていた人外グッズのことですよ!」
と口にした。
(やはり、鋭い……ですが、なんでしょうか? なにか違うような……)
鋭いか鋭くないかと問われたら、たぶん鋭い。
鋭角過ぎて、本当の意味が刺さらないくらいに。
(ですが、グッズを買うにしてもお金は必要ですし……って、そういう意味でしょうか? いえ、疑うのはよくないですね! きっと愛美殿は気遣ってくれた。そうに違いありません!)
鋭角なのは、フリーディアもであった。
「そうですね、私にとって由々しき事態です……」
フリーディアは、そういうと家の鍵(デュラハンのキーボード付き)をポケットから取り出した。
――それを目にした瞬間。
愛美は、指を差す。
「ですです! それ、また新作が出るんですよ!」
「え?」
「いや、私も直接聞いたわけじゃないんですけど、山本さん曰く、猛くん、生フリーディアちゃんを目にしたおかげで着想を得たとかなんとか――」
止まらない愛美のマシンガントーク。
忠義に生きるフリーディアであっても、戸惑いを隠せないでいた。
(あれ? 私の気持ちを察してくれたとばかり思っていましたが、もしかして……違う?)
「そ、それは一体どういう――」
抱っこひもを右手でズラシ、頭を傾けるフリーディア。
ようやく話が噛み合っていなかったことに気付いたかに思えたが――。
「いや、あれですよ! なんでもお金がいるなーとそう思ったんです!」
愛美は絶妙な返しをした。
それはフリーディアのキルケー対する思い、心の何処かで、このままでいいのかと問い続けていたことに触れる言葉だった。
(ふふっ、杞憂だったようですね。さすがは愛美殿。私をよく理解している。となればです!)
「よし……忠臣フリーディア、決めました」
そう決心すると、勢いよく立ち上がって、
「愛美殿、私、働きに出ます!」
首から出る青い炎を勢いよく立ち昇らせた。
それは、戦前の狼煙。
いくら馴染もうとも、フリーディアには譲れないものがあった。
世話になりっぱなしでは、性分的に申し訳なさを感じていたので……。
(私だって、働けます! 見ていて下さい。アカーシャ様)
いや、ブレない忠臣であった。
「おお! それはいいことですね! きっとアカーシャちゃん、いいえ! 我が王も喜んでくれますよ!!」
こちらもまたブレない忠臣である。
そう……忠臣たちの矜持が、いま静かに、火を灯し重なり合ったのであった。




