OLとデュラハンの日常
時間は進み、すっかり暗くなった午後8時。
棺桶狭間ネジ株式会社から徒歩二十分、なだらかな坂の先にある住宅街にて。
歩道の脇に植えられた木々は青々と茂り、どこからかカエルの鳴き声が響いていた。
そこの一角にある二階建てハイツの一室にて。
白のTシャツにスキニーパンツという、なんともラフな格好をしたデュラハン(フリーディア)と【鬼、忠義、愛+アップリケ(デュラハン)】と書かれデザインされたフリース姿の着る人を選ぶ格好をしたOL(愛美)が食卓を囲んでいた。
ちなみにフリーディアは愛美との約束で、この家にいる時は、魔法による変身はしておらず、デュラハンとして普通に生活している。
なんだったら、愛美の冴え渡るアイデアのおかげで、夜の国で過ごした日々よりも、快適に過ごせていた。
例えば、今彼女が使っている抱っこ紐。
今まで、自身の頭部は左腕で抱えていたわけだが――。
なんと抱っこ紐を活用することにより、頭部を胸の辺りで固定出来ているのだ。
その他にも「力を戻すにはどうしたらいいのか?」と悩むフリーディアに対して、「ガスコンロに首の燃えている部分を重ねれば、回復したりしませんかね!?」などと口にしたかと思えば、まさかの回復成功という結果を出したりしていた。
「では、愛美殿はキルケーに会ったんですか?」
もうすっかり愛美を信じて葛城殿から、愛美殿という呼び方に変わっているフリーディアである。
「はい、会いましたよー! もう、なんというか! 今日もThe魔女って感じでした!」
おかずをパクパク食べ進めては、愛美は今日あったことを早口で伝える。
話題は昼間に会った魔女キルケーの話。
制服を着こなし、どういう方法かはわからないが、自分で生計を立てているなど。多岐にわたる。
「ふふっ、The魔女ですか! 確かに!」
人を試すような言動に、仕草、本音も見えず、どこか妖艶な雰囲気を醸し出している。
まさに魔女。
愛美の天然を爆発させながら、的を射ている、その言葉に思わず笑った。
けれど、同時にフリーディアは不安に思った。
(また、おかしなこと考えてなければいいのですが……)
上手く使えるようになった箸を、米の入った茶碗の上に置いて、ため息を吐く。
それは過去にキルケーが引き起こしたトラブルや、逸話、本音を語らない厄介な性格も知っていたからである。
(悪人ではないのですし、今回も何か考えがあって、アカーシャ様の意思を尊重したのでしょうが……)
極めつけは、惚れ薬の一件。
結果として、主君アカーシャが喜ぶ形となったわけだが――それは誰がどう見ても掛けであった。
(まぁ、私もアカーシャ様の気持ちを汲み取って、見守ったわけですから、共犯となるでしょうけれど……)
あの日、キルケーからの誘いを受け、千恵子の家へ愛美と一緒に赴いた。
更に効能を知っている惚れ薬についても、アカーシャが望むのであれば……との思いで何も知らない愛美と共に捲し立てたのである。
(真意が見えなくても、強く抗議することはできませんね……それに――)
なんの気の迷いか、人間に興味を持ち、あろうことことか、この世界に滞在することを望んだ。
そして計ったようなタイミングで、千恵子と愛美に近付いた。
本音を言えば、少しばかり不信感を抱いてはいる。
けれど……
(私自身も、愛美殿との出逢いで変わりましたしね……)
フリーディアはふと顔を上げる。
その視線の先には、ひとりでに今日あったことを楽しそうに語る愛美の姿があった。
「ですです! また制服着てたんですよ? しかも――」
何年も人間そのものを毛嫌いし、主君の為なら、何の躊躇いもなく斬り捨ててきた。
それが当たり前で、それが日常だった。
だが、そんな自分ですら変えることのできる存在がいたのである。
(キルケーを否定するということは、私と愛美殿との日々を否定することになりますよね……)
そう、そうなのだ。
今後、起こり得るかも知れない、魔女キルケーの変化や出逢いを否定するということは、自分たちが築いてきた絆を否定することに変わりない。
「となれば、静観するしかないですね……」
などと、フリーディアが本音をぼそりと口にした。
すると、自分の話を聞いていないように思えたのか、愛美がグイッと身を乗り出して、
「フリーディアちゃん! 今、話聞いていましたか? 聞いていなかったですよね?」
彼女に顔を近付けた。
(愛美殿は、どんな時も愛美殿ですね)
目の前では”過去”を思い出し色々なことを勘ぐる自分と違い、”今”をめいっぱい楽しむスタンスの愛美が頬を膨らませている。
(彼女のように”今”を生きないとですね……)
フリーディアは柔らかい笑みを浮かべると、どんな時も今を語る愛美に応じた。
「ふふっ、聞いていますよ! キルケーが制服を着こなしていたという話でしたよね?」
「です! まるで学生をしながら、世界を救っちゃうような魔法少女って感じでした! いや……でも、私と同い年以上に見えるから、少女ではないですね。となると……」
ピタリと箸を止めて、目を瞑る。
「うーん……うーん……」などと唸ること数秒後。
愛美なりの答えを見つけたようで、パッと目を見開いた。
「あっ、魔法淑女ですね!」
アカーシャとはまた違った、ただ楽しいという感情を滲ませる愛美。
「おお、魔法淑女ですか! なるほど……確かに言い得て妙ですね」
その明るく表裏のなさそうな表情、何処か本質を捉えている言動、だが全く嫌味ではなくて自然体――フリーディアは、そこに居心地の良さを感じた。
「ですよね! だけど、魔女って一体なんなんでしょう? 二次元ならそれなりに語れるんですけど、魔女の伝承とか歴史とかには詳しくないんですよねー!」
(魔女が何者か……真理かも知れませんね……私もキルケーの過去を全て知っているわけではありませんし――)
「――ですが、鬼とか刀とか武将でしたっけ? お詳しいですよね?」
「あー、それは……好きですからね! 鬼から入って、それに由来するものを調べていっての! って感じです」
「なるほど……私も元々、遠征などで他国に訪れることが苦手でしたけれど、その国にしか存在しない武具があると知った時、知らぬ間に国の文化や、背景も覚えようとしていましたしね!」
偵察を兼ねて遠征、エルフの森にドワーフの里、人間の街にも赴いた。
種族に興味は無くとも、そこでしかお目にかかれない聖剣の名を冠する武器に、伝記などで語り継がれるような逸話を持った防具には、興味を惹かれた。
そして、気が付けば、武具の歴史を覚えていた。
それを愛美との会話で、フリーディアは理解したのだ。
(なるほど……立ち場が違ったとしても、この好きという気持ちは、同じなのですね……)
国を守る為、アカーシャの為に剣を振るってきた。
その事実に誇りを抱こうとも、後悔はまるでない。
けれど、フリーディアはふとこう思った。
斬り捨ててきた人間にも、もしかしたら、そのような者が居たのかもしれないと。
初めて抱いた気持ちに戸惑い、少し表情を曇らせていると、愛美の元気で明るい声が響いた。
「ま・さ・に! そんな感じですよ!!」
「ははっ、そうですか! 合っていましたか!」
「合っていますよ! やっぱり好きという気持ちは、世界共通ですね! って、えーっと何が言いたかったんでしたっけ? うーん……あっ! そうですそうです、あくまでも私の専門は――」
「「人外!」」
シンクロする臣下組である。
「あははっ! ですです!」
(愛美殿は今を生きている。私も今を生きないとですね……にしても、キルケーが魔法淑女って、ふふっ)
などと心の内で呟きながら、今を満喫するフリーディアであった。




