また、現る!? 魔女キルケー!
制服姿の見慣れた人影――その人物が近付くにつれ、千恵子と愛美は、自然とスプーンを持つ手を止めた。
「……あっ!!!」
「うわっ、キルケーさん!? って、その格好……」
カウンター横に立っていたのは、またもや制服を着こなした魔女キルケーだった。
しかも今回は白地に紺のライン、絶妙に短いスカート丈に白ニーソ。涼しげというより、ギリギリアウトである。
「やっほ〜♪ ちえちえさんに、マナちゃ〜ん♪ ここにいたんだね〜♪ でも、「うわっ」っていうのは、何だか傷ついちゃうからやめてほしいな〜」
「あー、はいはい! って、ちえちえ……完全に定着してるし……」
タイミングよく現れた上に、”ここに”という言葉を千恵子は聞き逃さなかった。
先見の明、つまりは女性の第六感がそう告げていたのである。
今、関わると百パーセント面倒ごとに巻き込まれるということを。
(言い回し的に、私とマナちゃんを探していたんだろうな……恩を感じないわけでもないけど、今は面倒ごとを避けたい!)
平穏とまでは行かなくとも、アカーシャとアラクネ、そして自分。三人の生活にようやく慣れてきたのである。
今は、それだけで十分。
だが、そんなことを知らないキルケーは、千恵子の腕をグイッと引き寄せて、
「そんな邪険に扱わないでよ〜! ちえちえ呼びも許して〜!」
何を思ったのか、その腕を自らの豊満な胸で挟んだ。
(くそう……なんだこの、敗北感はっ! 触れれば触れるほど腹が立つんだけどっ!!)
改めて言うことでもないが、千恵子は男性に間違えられるほどの……慎ましやかな感じなのだ。
それが原因で独走蝙蝠のトップ、幅霧と名乗ったスキンへッド……いや、ハゲに男だと勘違いされたわけである。
だというのに、天然全開な感じで、攻撃力の高い誰がどう見ても、慎ましやかではないものを押しつけられたわけで……
「わ、わかりましたから――っ! 離れて下さいって!」
そう、ただ離れたい。
コンプレックス刺激し、嫌な思い出を呼び起こす未知の塊から――なので、もう一度、腕を引く。
今度は力いっぱいに。
そして――なんとか逃れた。
「んっくっ、はぁはぁ………」
知らない感触になかなかの腕力、息も絶え絶えである。
(無駄に力強いし、てか、わざと緩めたよね?)
疑いの目を向ける千恵子に対して、
「んもうっ! そんなに照れなくていいのに〜」
全く悪びれることなく、唇を尖らせては、軽口を叩く。
「い、いや、照れてないですから、普通に嫌がっていただけですから……」
などと、軽く否定しながらも、すぐさま話題を変えた。
「というか、制服がバージョンアップしてません?!」
これも立派な処世術である。
会話の主導権を持つ為には、話題を提供する。そして先手を取るということは重要なのだ。
「でしょ? 今日は“進学校の夏服”なんだ〜。涼しげでしょ?」
(よし、上手く話題が変わった! あのままじゃ、キルケーさんのペースになるもんね)
心の中でガッツポーズする千恵子である。
すると、愛美が口を開いた。
「いや、涼しいっていうか……趣味が全開過ぎて……周囲の視線がエグいですって!」
彼女が気にするように、学生たちの視線はキルケーに集中し、ヒソヒソと話していた。
(まじだわ……めっちゃ見られている……なかなかに恥ずかしいかも)
さすがの千恵子も少し困ってしまい思考も動きもフリーズしてしまう。
そんな中、愛美はスプーンを皿に置いて、
「正直言って――」
ゆっくりと立ち上がり、キルケーを鋭い眼光を向けた。
(わかるよ、マナちゃん……私も知り合いだって思われたくないもん。着替えてほしいよね……うんうん!)
愛美は同じ女性、口にせずとも自分が言いたいことが通じると――千恵子はそう思っていた。
「――最高です!!!」
それは無理なことであった。
口癖は多様性。
人の癖であれば全肯定していまう、愛美なのだから。
「さすが、マナちゃんわかってる〜♪」
「当たり前ですよ!」
ハイタッチして、腕を組んだりして意気投合しちゃうヤバいヤツ等である。
(ち、違った……いや、切り替えていこう! いつものことだし)
千恵子は千恵子で、多方面に適応力が爆発中だ。
もはや、彼女以外捌くことはできないカオス状態である。
「ていうか、なんでここに?」
「ちえちえさんに聞いてほしいことがあったのと〜……あ、でもまずはランチだね〜! ボク、ここ初めてなんだ〜!」
そう言ってキルケーは堂々と千恵子の隣に座り、店員に「大盛りカレー、ルーとライスも増し増しで♪」と注文していた。
「増し増しって……」
(来たことないのに、なんで慣れているんだよ……というか――)
「お金はあるんですか?」
「うん♪ ちゃんと稼いでいるからね♪」
「いや、どうやってですか……」
「それはね〜」
「それは?」
「魔女だからね〜♪ 色んな人を利用して稼いでいるんだよ〜! うふふ♪」
「……いや、笑えませんって……それが本当なら、今すぐやめて下さい!」
「冗談だよ〜! そんなに怒らないで♪」
「あー……はいはい」
(私、キルケーさん苦手だわー……)
千恵子が一向に真意を掴ませない、のらりくらり状態な魔女キルケーに嫌気が差していると、同じ女性である愛美が口を開いた。
「……魔女さんということだけあって、なかなかにミステリアスですよね! 私的には、ポイント高いのですが――どうやって収入を得ているのか、純粋に興味があります! やっぱり薬品とか、オンライン販売しているとか……? いや、誰かと契約してみたいなこともありえますかね……」
「うーん……まぁ、それもあるかなー」
「って、あるんかい! じゃなくて! 薬事法、薬事法ですよ!」
「た、確かに! キルケーさん薬事法は守らないとですよ?」
「うん♪ 気をつけるね♪」
(いや、「うん♪」絶対、聞いてないし、意味わかってないよ……)
「はい、そうして下さいね!! 法律は大事ですから!!」
などと口にし、直後――愛美は「うんうん」と頷く。
その表情は、異種間コミュニケーションを取れたかのように満足そうだ。
例えば、海外から来た観光客に対し、それとなーくカタコト英語で道案内ができた時のように。
(マナちゃんは、通じたと思っているっぽいし)
何だかんだでいつも通りの流れに、千恵子は疲れたように笑った。
(ほんと、にぎやかな毎日だな……。でもまぁ――)
その横をチラリと見れば、スーツ姿の部下兼同志が、目立ちまくりな制服姿でも堂々している魔女と、会話を楽しんでいた。
(まっ、まぁ……仲いいことは、良きことだよね)
千恵子は呆れ半分、でもどこか楽しげにため息をついたのであったが――。
(あれ……? 結局、キルケーさんって、なにで稼いでいるんだ?)
見事、話を逸らされてしまうのであった。




