お休みモードな職場
千恵子たちが新住居で生活を始めて、二週間後。
すっかり蒸し暑くなり、冷房が効きづらくなった平日の午前中、桶狭間ネジ株式会社にて。
夏の大型連休まで、一週間を切っているということもあって、オフィス内は忙しさを漂わせながらも、張り詰めたような雰囲気はしていない。
いわゆる休みモードというやつである。
「はぇー! なんか神話みたいなお話ですね! じゃあ、その可愛い蜘蛛の女の子が家にいるんですか?」
ブラインドタッチで資料を纏めながら、隣に座る千恵子と雑談するのは愛美。
住まいを共にすることになったアラクネとの新生活に興味津々といった感じだ。
「うん、まぁ蜘蛛と言っても、見かけは人間だけどね」
(あはは……相変わらずマナちゃんは、こういった部類のお話となると飲み込みが早いなー)
勢いとノリ、そして適応力だけで言えば、酔った自分の上をいく部下兼同志に感心した。
「あ、そういえば、フリーディアさんとはどうなの?」
(って、聞くまでもないんだけど……)
その視線の先にはデスクの上で、サーベルを掲げた掌サイズのアクリルスタンド(デュラハン)があった。
(……推し変わった系かな? いや、マナちゃんに限ってそれはないか)
想像するは、飲みの席で一滴も酒を飲まずとも、鬼と刀や武具について聞かれてもないのに、永遠と語り続ける愛美の姿であった。
当然、尊敬する上司がそんなことを考えているなんて、知っているわけもなく、愛美はゴソゴソと内ポケットからスマホを取り出して、
「楽しくやっていますよー! 騎士ならではの内助の功を享受させてもらっていますよーー! ほら、見て下さい!」
とある画像を見せた。
「おお……これは――」
千恵子は表示された写真に目を見開く。
画面に写し出されていたのは――ミュージアムなどで展示されているかのように、鬼や甲冑、武具の配置を完璧に整えられた部屋だった。
(そういえば……フリーディアさんって、アカーシャに常識を教えた人だったっけ? まぁ、本当に常識はあるようには思えないけど……いや、人外とかの貴族界隈ではあれが普通なのかな? にしても――)
人外相手に常識とは、なんだという哲学的な問いを自らにしつつ、もう一度讃えた。
「――本当、凄いな!」
忘れているかも、知れないが彼女はオタク。
ただの整理整頓かも知れないが、そこに愛があることは、画面越しでも察していた。
「ですよね?! 掃除洗濯、整理整頓、武具の手入れまで完璧なんですよー! しかも! カッコ可愛いんですーーー!! あ、それだけではなくてですね――」
千恵子が手渡されたスマホに夢中となっていても、気にすることなく、愛美は話し続ける。
そんな同志の姿に、上司としてしっかり伝えないといけないことを口にした。
「ふふっ、はいはーい! ご馳走さま。でも、これ以上は、お昼休憩にしよっか」
そう、今は給料の発生している勤務時間。
もちろん、雑談も立派なコミュニケーションで仕事を円滑に進めるには、大きなウェイトを占める。
けれど、まずは仕事なのだ。
ここだけはブレない千恵子である。
「わわっ! すみません! 私ったら夢中になってしまい――」
「謝んなくていいよ。私も話せて良かったしね」
「山本さん……やっぱり優しい……」
「フフーン、私は優しいからねっ!」
腰に手を当てはしないが、まるでアカーシャのような言い回しである。
そんな千恵子に愛美は、ツボってしまったようで、涙を滲ませては大笑い。
「あははっ! そ、それ、なんだかアカーシャちゃんみたいです!」
「ん? そう……?」
(そう言われてみれば……なんかアカーシャっぽかったかも――)
「――ふふっ! 確かに!」
知らぬ間に、アカーシャの口調が移っていた千恵子であった。




