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この世界で生きること

 アラクネが日本に訪れて、一週間が過ぎたとある平日。


 梅雨が明けたということもあって、午前中だというのに、蝉は全力で鳴き、アスファルトからの照り返しも強い。


 そんな夏の訪れを感じさせる時期。

 

 麦わら帽子姿のアカーシャは、春色のワンピース姿となった(アカーシャと千恵子の趣味)アラクネを引き連れて、普段から贔屓にしているアーケード商店街を散策していた。


「この辺りは、打ち水をする人間が多くてな、比較的涼しいのである! あと、店から冷やされた空気が流れてくるのだ!」


 日常生活(主婦業)で学んだことを、ドヤる王族である。


「そ、そうなんだ! アーちゃん、物知りだね……凄いや……」


 その後ろでお揃いの麦わら帽子を深く被り、キョロキョロ、アカーシャの話に紫の瞳を輝かせては、再びキョロキョロ。アラクネも初めて目にする世界、物に興味津々といった感じだ。


 ちなみに、プラチナブロンドを靡かせる臣下フリーディア(パンツスタイルを完璧に着こなす)も一緒である。


「ムフフ! 当然である! あとはフリーディアから聞くといいぞ! こやつなら、アラクネの知りたいことを事細かに教えてくれるはずだ! な? フリーディアよ!」


 後方で周囲を警戒しながら歩くフリーディアは、アカーシャの無茶振りにも、一切動揺することなく、片膝を着いて臣下の礼を取る。


「お任せ下さい! アカーシャ様! では、まずルールから――」


 そういうと、言い淀むことなく、法律であったり、交通ルールであったりなど、近所付き合いの重要性を説いていった。


「――こんなところでしょうか」


「……教えてくれてありがとう、フリーディア。この世界は平和なんだね……少し……安心した」


「いえいえ、お役に立てて光栄です! きっとアラクネ様も気に入ると思いますよー!」


(フフッ、さすが我が忠臣フリーディア! いや、まなみの所におるしな! 当然か!)


 現実世界で成長を見せる忠臣になんだか嬉しくなってしまい、アカーシャは自身が先導していたことをすっかり忘れていた。


 ニマニマ笑みを浮かべ、二人の会話に聞き耳を立てているだけである。


 役に立っているのか? と聞かれたら、即答はできない。そんな状況である。


 そんな役目を見失いつつある主君を尻目に、フリーディアたちは会話を弾ませる。


「そういえば、なぜこの世界に来られたのですか? 私のように、アカーシャ様を探してということでもなさそうですですし……」


「あ、うん……えーっと、キルケーが連れ出してくれたの」


「いや、それは何となくわかるのですが、そうではなくてですね……」


「アラクネよ、フリーディアは来た理由を聞いておるのだ」


 役目は見失いつつあるが、話はしっかり聞いているアカーシャである。 


「あ……そういうことか……私はアーちゃんに会いたくて……来たの……やっぱり、あのお城で一人は寂しかったから……本はたくさんあっても、アーちゃんみたいにお話できる人……居ないし」


 養子な上、元人間という背景もあって、アラクネを慕う者は少なく、彼女が自由に行き来できるのは、城内のみであった。


「むぅ……そ、そうであったか……」


(アラクネくらいには、連絡するべきであったか? しかしなー)


 タラレバを想像しては、軽い自己嫌悪感を抱く。


「だから、言ったじゃありませんか……アカーシャ様、皆さん心配していたと……」


「いや、しかしだな! なんで情報が漏れたんだ?」


「それは……」


「キ、キルケーだよ……」


「やはり、あやつか……はぁー……」


(我は亡くなったということで、済むかも知れんが……アラクネを連れてくるのは、まずいであろう……)


 アカーシャの脳裏には、王族が二人も居なくなり、混乱する夜の国が浮かんでいた。


 それと同時に、自らの父である鮮血公の姿も脳裏によぎる。人間に対して、決して特別な感情は抱かず、冷酷に処断するその姿が――。

 

(父上にバレた場合……何が起こるのか、我にもわからぬ……だが、我に関わった者はただではすまぬであろうな――)


「そうなった場合は……我が――」


 アカーシャは拳を握り締ながら呟いて、遠くない未来、起こり得るかも知れない父との対峙に覚悟を決める。


 先程まで、和やかであったのにピリつく空気。


 すると、その雰囲気を変えるように、フリーディアがあっけらかんとした口調で、言い放った。


「あはは……まぁ、起きたことは仕方ないですよねー!!」


「いや、さすがに切り替えられんわ!」


「ふふっ、アカーシャ様、その感じ山本殿みたいですね!」

 

「そ、そうであるか……?」


「う、うん……ちえちえさんに似てた」


「フフッ、そうか」


(そうだ、我には旦那様がいたな……ならば、きっとどうにかできるはず……そう、きっとな……)

 

 一瞬、不安を抱くも、自分たちを変えてきた愛する旦那様を信用するアカーシャであった。

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