運命の出逢い?!
そこからしばらくして、アカーシャは深刻な血液不足のせいで、大人の姿から子供、そしてコウモリの姿へと変え、もはや動くことも叶わず、寄り掛かっていた電柱の影で、自身の終わりを迎えようとしていた。
「これが我の最後か……」
人間が嫌いかと問われれば、間違いなく嫌いで。
滅ぼしたいかと聞かれても、間違いなく縦に首を振る。
この最後の瞬間であっても、同じだった。
もっと早くに全力を出し、種族自体を滅ぼしていれば、こんな惨めな最後を迎えることもなかった。
残された民や臣下たちの心配をすることもなかったのかも知れない。
そんなことが彼女の胸の内を渦巻く。
けれど、どれだけ悔いても時が戻ることはない。
それはアカーシャ自身が一番理解していた。
自分を待っているのは孤独な死。
「悔しいな……」
そう呟き、瞳を閉じた。
緩やかに意識が遠のいていく。
聞こえる音は小さく、寒さを感じていた夜風も心なしか暖かく感じて、
「眠いな……」
意識を失いかけた時。
どこからともなく酔っ払いの歌声が響いた。
「吸血鬼〜♪ 素敵な犬歯に〜♪ 艷やかな黒の翼〜♪」
閑静な住宅街には明らかに不相応で、お世辞にも上手いとは言えない歌唱。
しかし、何とも朗らかでとても陽気な歌声ではあった。
その声の主は、月明かりに牛乳瓶のような分厚い眼鏡を光らせて、ビジネスバッグをぶんぶんと振り回しながら、チェスターコートで華麗に舞い踊り傷だらけとなったアカーシャの元へと近付いてくる。
アカーシャは、一瞬だけ瞼を開いて確認。
けれど、
(ああ……幻の類か……)
そう判断して、着実に近付いている命の終わりに思いを馳せていた。
人は命を終える前、現実なのか、それとも幻想なのか、判断のつかない経験をするという。
それがヴァンパイアであるアカーシャに当てはまるのかは定かではない、でもアカーシャはこの歌声をそれだと信じていた。
(最後に見聞きしたのが、よくわからない酔っ払いとその歌とは……実に滑稽であるな……)
「吸血鬼〜♪ ちょっとえっちな感じで〜♪ 何だか色っぽい〜♪ だけど、心は乙女〜♪」
(にしても、なんという歌だ。これを作った者は間違いなく我らのことを理解しておらんな……ん? というか、これ近づいているような……)
ようやく、近付いていることに気付いたアカーシャは力を振り絞って目を開いた。
「な――っ?!」
そこには先程、自身が幻の類だと決めつけていた牛乳瓶のような分厚い眼鏡を掛けた人物が立っていた。
そう、この人物こそ、オタク友達と騒ぎまくり、陽気な泥酔状態となった山本千恵子である。
「おお、コウモリだ〜! こんな時間に珍しい〜!」
千恵子はお酒をあおりながら、傷だらけのアカーシャ(コウモリ)に近付いて、
「えへへ、ヒックッ……かあいいな〜」
持ち上げる。
「な、何だ! 人間! 我をどうするつもりだ」
(酒、酒の臭いがする! こやつ酔っておるな!)
手から伝わる速い脈に口から漂う酒の臭い、そして赤く色付いた頬に回らない呂律。
何をどう取っても、ただの酔っ払いである。
「ヒック……そんなに暴れないの。ああ……傷だらけじゃないかー」
「やめろ! 触るんじゃない!」
アカーシャの静止も虚しく、千恵子は遠慮することなく、隅々までまさぐっていく。
頭、翼、爪、お腹、お尻、あれやそれやこれといった全てを。
「触りますよ〜だって、怪我してるし……って、何で会話できるんだろう……うーん……うーん、ま、いっかーヒック……」
(この世界の人間がどういう価値観なのか、わからぬ。だが、高貴な存在の我が辱めを受けて散るなどありえぬ!)
そんなことを考えながら、アカーシャは自身をまさぐる魔の手から逃れようと必死に抵抗する。
「こんのぉ! 離せっ! 離せぇぇぇーーー!!」
しかし、どれだけ翼をバタつかせようとも、酔っ払い手加減を忘れた千恵子から逃げることは出来ない。
「っんもう! 暴れない! って、すんごい冷えてるね……可哀想に」
千恵子はそういうと、首に巻いていたストールでアカーシャを包み、そしてあろうことか、手首を差し出してあり得ない一言を告げた。