新居探し
アラクネという新しい人外が加わって二日後。
休日ということもあって、千恵子を含めた三人は引っ越し先を探す為、地元の不動産を渡り歩いていた。
「えっ、そうなの!? ラクネちゃんって、元人間なんだ」
「そうである! まぁ、色々あって人間でなくなり、このような難儀な性格になってしまったわけだが――」
「め、めんどくさくて、ごめんね……アーちゃん」
「コラ! 謝るでない! お主も養子とはいえ、王家に連なる身であろう?」
「う、うん……そうだけど……迷惑かけたくなくて……」
「迷惑などではない! というか……頼ってくれて嬉しかったのである……」
ちょっぴり頬を赤らめ、小声で呟いたかと思えば、
「だがな! 我らが頭を下げる時は、心から間違えたと思った時、あとは民の為! それだけであるぞ! いつまでも、神のようなエゴイスト風情からの仕打ちなぞ引き摺るでない!」
などと、アカーシャは珍しく王様っぽいことを口にしていた。
(あはは……アカーシャ、サラッと神様をエゴイスト風情扱いしているし。というか、情報量とスケールの広さよ……)
その隣を歩く千恵子は、時々笑みを浮かべながらも、二人の会話をまるで絵空事のように感じていた。
それは当然であった。
いくら千恵子が人外に精通しているオタクだからといっても、神様は守備範囲外。
というか、まさか神様まで関係してくるなんて想像していなかったのである。
(そろそろ、キャパオーバーかも……)
今になって現実感が揺らぎ、歩きながら小さくため息を吐いて、何気なく隣に視線を向けた。
そこにはオドオドしながらも、どこか楽しそうに会話するアラクネの姿があった。
「人間にしか見えないけど、元……人間なんだもんね……ラクネちゃん」
そう呟いた直後、千恵子は空を見上げながらここまでの道中で、二人から聞いた話を思い出した。
☆☆☆
それは何百年も昔の話。
当時アカーシャの父、ウラド(鮮血公)が治めていた夜の国から、馬車で駆けて一月は掛かる染物で有名な港町。
アラクネはその町で生まれ育った。
名手の父を持ったこと、努力家であったことが実を結び、成人を迎える頃には織物の名手として、誰もがその才覚を認めるほどになっていた。
それこそ、人間に話し掛けることなどない、妖精がわざわざ足を運んで、「手工芸の守護者と呼ばれる女神から授かった才能ですね」などと口にするくらいに。
だからだろう、自らの商品を求め訪れたピクシーに向かって、アラクネはこんなことを口にしたのだ。
「違います。私の腕は、父の教えと、私自身の手で育てたものです」と。
悪気のない、ただ事実を伝えただけであった。
だが、それを耳にした女神は、神の矜持というか、女神ならではのプライドからだろうか?
人間の、それも老婆へと姿を変えて、身分を隠して彼女との一騎打ちを望んだのである。
(いや、あれか……? 油断させておいてとか、そういうやつだったのかな? まぁ、私は人間だし? 正直なところ、神様の考えていることなんてわからないんだけどさ――ここで引いておけば……なんてことも考えちゃうよね……)
そうなのである。
アラクネは、それを断るどころか受け入れた。
こうして、神VS人間の機織り競争が始まった――のだが。
結果は思わぬものとなった。
なんと、作業の途中で女神がアラクネの腕を認め、敗北を宣言したのである。
けれど、これが悲劇の始まりだった。
自らの努力を、父との日々を、女神のおかげと言われたアラクネは、当てつけのように女神の父の恋物語(不貞行為)を題材としたタペストリーを完璧に仕上げてしまったのだ。
それこそ、誰がどう思っていて、何が起こったのか、瞬時にわかるほどのもの。
現代で例えるなら、相関図……いや、事細かに縫われたそれは週刊誌の一面といっても過言ではなかった。
これが見事、女神の琴線に触れ、完璧に作ったタペストリーはズタズタに引き裂かれた。
それでも怒りが収まらなかった女神は、アラクネに生きることを躊躇うほどの懲罰を与えたのである。
ボロボロになったアラクネは、女神の思惑通り、生きることを辞めようとした。
その時、まさかの、当の女神が憐れみ、とある魔法を用いたのだ。
それは言うなれば、神の気まぐれであった。
しかし、その気まぐれは……救いとは言えない魔法だった。
確かにアラクネがその魔法を受けた瞬間――傷は癒された。
けれど、徐々に体は変化していき、あっという間に人間から不気味な蜘蛛の人外へと姿を変えていったのである。
頭部こそ人間だが、体は大きな蜘蛛といった人間とは言えず、純粋な人外とも言えない半端物に。
こうして、アラクネは路頭に迷う羽目となった。
(そら、自信なくなちゃうし、こっちの反応を見てから返事するよね……ほんと、よく耐えたもんだ。なんていうか、神様って、どうしても理解できないなー! 人間より人間っぽくない? でも、そこからウラドさん……鮮血公だっけ? アカーシャのお父さんが来たんだよね)
人間の顔をした巨大な蜘蛛がいる。
そんな噂を聞きつけたアカーシャの父は、単身で空を駆けて染物で有名な港町へと向かった。
そして女神に「理不尽に罰を与えるとは、貴様本当に神か」啖呵を切り――アラクネを夜の国の王族に招き入れたのである。
ちなみに現在の姿は、キルケーが調合した薬品を使って人間だった頃の容姿に近付けている。
けれど、薬品が作用するのは姿だけ。
元々持っていた糸を操る力はそのまま残っていて、気を抜くと袖口から糸が出たり、物を取ろうとして糸を伸ばしてしまったりするらしい。
それに生み出した糸へ魔力を流し込んで結界なども作れるようだ。
しかし使い過ぎると、巨大な蜘蛛の姿に戻ってしまう。
便利ではあるが、何とも不便な日常である。
(なーんか、無駄にカッコいいアカーシャのお父さんはともかく……ヴァンパイア、デュラハン、魔女に続いて、神様と争った元人間に出逢うって……オタクとしては喜ぶところなんだろうけどさ)
などと、心の内でひとりごちる千恵子が再び隣に視線を向けると、麦わら帽子を被り、自らの手をしっかり握る美少女の王。
そして、その少し後ろにピタリついて歩く人形のように顔の整った美少女(蜘蛛)の王族がいた。
(うん……やっぱり、素直に喜べない……よね)
自分より、純粋で幼く見える二人は自分より、長く生き壮絶な過去を持つ。
複雑な感情が入り混じる。
普通の人間の自分に背負うことが、寄り添えることが出来るのだろうか? と。
いや、それだけじゃなくてというよりは、寧ろこちらが本音だったりする。
(ぶっちゃけ……これ以上、人数が増えても対応できないよね……)
けれど、現状の流れは”二度あることは三度ある”というか”三度あることは四度ある”などという、新しい熟語を生み出す勢いなのである。
つまり、このままでは――。
(いやでも、この流れって……際限なく人外が来る……とか……? うげぇ、それはさすがに無理! 体がいくつあっても足らないよ!)
そういうことである。
本当は人外が増えるのは嬉しいし、楽しい。
賑やかな日々も悪くない。
でも、千恵子の体は一つ。
そう、一つなのである。
(……イベントごとは好きなんだけどさ、畳み掛けられるとこなしていくことがメインになるんだよ! んで、結果楽しめなくなるし!)
アプリゲームなどでよくある、推しイベントのあとに、周年イベント、そこにバレンタインやホワイトデーといった期間限定イベントが重なることと同じで。
これが重なってしまうと、楽しいよりも、報酬を得る為に、ただ数字をスコアを追い求めていくロボットと化してしまう。
(……いや、それでも走るんだけどさ、オタクってそういう生き物だしね……)
けれど、妹みたいなというだけあって、アラクネと会話するアカーシャは王族としての威厳、そして何処か姉っぽさを漂わせていた。
(まぁ、でもアカーシャ的には、やっぱ嬉しいみたいだし、ラクネちゃんも幸せそうだし……うん。なら、いっか!)
結局のところ、こうやって全てを受け入れるように見えたが――。
(って、待て待て! またフラグなりかねないから!)
やはり例の如くツッコみ、フラグを立てる千恵子であった。




