近づく二つの怪しい影
しばらくして、ドラッグストアで買い物を終えた千恵子は、商店街を抜け、駅近くの公園まで歩みを進めていた。
「夕日かー」
オレンジ色の夕日が綺麗で、遊んでいた子供たちも家に帰ろうとしている。
そんなありふれた光景に、なぜか胸に来るものがあって、早く家に帰りたい……そんな気持ちを抱かせる。
そして、ふと思い出す。
(そうだ! ここで初めてあのかっこいい大人アカーシャを目にしたんだよねー)
月夜の元、畏怖と憧れを抱かせる圧倒的な存在感を放つアカーシャの真の姿を。
「ふへへ……かっこよかったなー」
ちょっと下品な顔をしてしまう千恵子。
忘れているかも知れないが、彼女は人外オタク、そして絵に描いたような吸血鬼、ヴァンパイアが大好き……いや、大好物なのだ。
更に、これをきっかけとなって、芋づる式にとある”出来事”と”名前”を思い出した。
(幅霧とかいう、チンピラだっけ? あの時の顔ったら、今思い出しただけで……ふふっ)
公園でアカーシャがひと暴れした、あの日のことである。
「って、ああ――っ!!」
(待って……幅霧って工場長と同じ苗字じゃん!! ということは……身内だったりして……偶然だよね?)
職場で感じた違和感はこれだった。
これが田中や鈴木、または佐藤であったなら、偶然だと言い切れただろう。
けれど、そう幅霧なのである。
「あは、あははー……」
(偶然じゃないや……つ? まさかね? だって、もしそうだったなら……)
もしあの時のチンピラが工場長の身内だとしたら……自らの行動を省みながら、
(いや、落ち着け私! あっちからふっかけてきたし! こっちは何もしていないし、何だったら犬を救ったくらいだし! だから、私は悪くない……うん、悪くない――)
自らの潔白を言い聞かせるように、何度も胸の内で繰り返した。
確かに直接何か危害を加えたわけではないし、向こうから手を出したのだって、その主張通りである。
けれど、主要人物であることは間違いなくて、千恵子が居なければ起こり得なかったわけで……。
(うーん、やっぱ私にも原因はあるか……)
二つの考えを行ったり来たりと忙しい千恵子である。
これが常人であれば、最終的にその後のことを想像して青ざめてしまっただろう。
例えば、上司に呼び出されたり、今後の社会人生活に影響を及ぼすのではないか? そんな不安を抱えて――。
しかし、彼女は、山本千恵子は違った。
「ま、気にしすぎでしょ! それに――」
すぐさま思考を放り投げて、忘れることにした。
(……変なフラグ立つのも嫌だし、忘れよう……そうしよう)
頭を左右に振って、振りまくって頭に浮かんだイメージすら消す。
社会を生き抜く為には、こういったリスク管理も大切なのである。
まぁ”フラグ”を意識した時点で、もうフラグは立っていそうな気もするけれど。
そんなフラグ折りに失敗した? 千恵子の元には、案の定、近付く二つの影があった。




