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山本さんのお嫁さんは、最強のヴァンパイアちゃん!?  作者: ほしのしずく
第3章:魔女の決心

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もたらされた変化

 梅雨が明けたことで、吹く風は生温くなり、何もしていなくても汗が滲み、室内でも冷房必須となった平日。

 

 社会で働く女性(アマゾネス)千恵子は、いつも通り軽めのデスマーチをキメていた。


(なんでこうも大型連休前になると忙しいんだろう……)


「計画はどうなっている?! 早く作れんのか?!」とか、「では、材料の入庫前倒してもらえるか!?」などの、上層部と製造部間で荒れ狂うチャットに適時返信をしていく。


(あー、まーた揉めてるよー……仕方ない、ここは――)


 まずはオフィス中央、窓際の高そうな椅子で、ふんぞり返っている口うるさい部長に。


《部長、計画はこのままでいって欲しいと先方から連絡がありましたので、このままいった方が無難だと思います。もし訂正などがあれば、専務から口酸っぱく言われるかも知れませんよ……》


 ナイス女性(アマゾネス)である。

 こういった場合の対処は簡単。

 問題を起こしそうな人、その上司の存在をチラつかせてしまえばいいのだ。


 敢えて、直接物を言わないことで言った言わないという無駄なやり取りもなくした上、その証拠も残せる。


 つまりは一石二鳥である。

 

 見事の処世術を見せた千恵子は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる部長を横目に、そのまま流れで製造部の責任者にも返信する。


《幅霧工場長、手配を早くしたいのは私も同じなんですけど、システムと一致させているので厳しいです。ですけど、在庫から引き当ては可能です。どの品番の製品か教えて頂けますか? また、連絡お願い致します》


(これで、よしっと!)


 タン! とエンターキーを押した。


(幅霧……なーんかどこかで聞いた名前なんだよね……)


 そう、幅霧である。


 毎日、チャットやり取りしているし、当然、顔だって見たことある。

 けれど、そうではなくて、また別の場所で見聞きした気がして――。


(……いや、工場長だし当然か!)


 何か思い出しそうになったが、思考を止め、ぶっ通し二時間のディスクワークで固まった体をほぐす。


 そして何気なく、パソコン画面に視線をやった。


「お、10時だ! ちょっと、休憩いくかー」


 時刻は10時、昔の千恵子であれば昼休憩のみ取得し、ずっとパソコンに向かっていたわけだが。


(休憩しないといい仕事できないもんね!)


 実は彼女の仕事っぷりを、こっそり(姿を消して)何度か見ていたアカーシャに口酸っぱく言われたのである。


(って、アカーシャが言うにはだけど……ふふっ)


 思わず口元が緩む。


 そんな千恵子の脳裏にはブレることなく、【ちえこの嫁】と真紅のダボダボパーカー。

 フリルショートパンツと黒のブーツという服装でプクッと顔を膨らませるちょっぴり可愛く思える姿。


 相変わらず、古の助け舟となった知恵袋を活用しているというのに、自信満々なズレた姿が浮かんでいた。


(いつの間にか、すっかり毒されているよねー)


 毒されているの千恵子も同様であろう。などと、ツッコミ待ちのことを心の内で呟いて、柔らかい表情のまま、席を立ち休憩室へと向かう。


(今日は何しよっかなー、コーヒーばっかだとトイレ近くなるし)


 オフィス内を歩きながら、今日のお供を考える。


 確かに小さな嫁? いや、出来る嫁? のおかげで休憩するようにはなった。


 けれど、根底はやはり社会を生き抜いてきた野戦経験MAX、OL≒女性(アマゾネス)の千恵子はできるだけ、効率良く迷惑かけることなく仕事を進めたいのである。


 すると、タイミングよく事務所の扉が開いた。


「あ、山本さん、ちょうどいいところに! さっき、包装工程が梱包材不足してるから、どうにかしてくれって言われたんですよー! どうしましょう?」


 話し掛けるは、千恵子と同じく人外、デュラハンと同居する女性(アマゾネス)、葛城愛美だ。


「あ、それね、今対応したよ? 工場長に直接チャット送ったから、たぶん大丈夫!」

 

「さっすが、山本さん! シゴデキです!」


 愛美は目を輝かせて、グイっと距離を詰める。


「いや、普通だって! 誰でも、これくらい――」


「その普通ができないんですよー! 私も頑張らないと!」


(なんというか、今日も元気だなー……マナちゃん。それに――)


 千恵子の目に、蒼色のビジネスバックに付けられた小さなデュラハンのストラップが映り込んだ。


(おっ! あれってたぶん、フリーディアさんの影響だよね? 上手くやってるみたいで、安心安心)


「どうかしましたか?」


「いや、フリーディアさんと楽しくやってるんだろうなーって、それを見て思ったの」


 千恵子はゆらゆら揺れているストラップを指差す。


「はい!! もう毎日が楽しくてですね! 何ていうんでしょう……生き別れた兄弟……じゃないですね! そう、姉妹って感じです!」


(デュラハンと姉妹って……それマナちゃんもデュラハンってことだよ? というか、距離の縮まり方半端ないな。でも、マナちゃんならあり得るか)


 脳裏に浮かぶのは、アカーシャとの出会いの場面。

 たった一日で距離を詰めて、臣下とまで言わせた人外たらしっぷりである。


「そかそか、んじゃ、これお願いね」


 千恵子が手渡したのは、赤青黄色に分けられたファイル。今週末の営業会議に使用するもの。


 しかし、まだ最新の販売データが反映されていない為、手直しが必要なのだ。


「唐突なキラーパスですね……」


「いや、だって、元気有り余ってるみたいだし? それに頑張るって言ったしね?」


「ぐぬぬぬ……山本さんの期待には応えたいですし……ですけど、まだ自分の仕事が――」


(真面目だなー、本当に頼りたいところだけど、忙しいのは事実だしね)


「じゃあ、余裕が出来たら、声掛けてくれると嬉しいかな。その時は頼らせてもらうから」


「ラジャーです!! とんでもない成果を見せますよ! 任せて下さい!」


「ふふっ、ありがとう! じゃあ、その時は任せるね! あ――でも、無理なら遠慮なく言ってね」


「はーい! では、まず工場の方に行ってきます〜!」


「はいよー、気をつけて」


 しばらくして、千恵子が愛美を見送って休憩室で一息ついていると、偶然居合わせた女性社員が声を掛けてきた。


「山本さんって、最近、雰囲気良くなりましたよね」


「え、あ、そう?」


「はい、葛城さんと仲が良いのは前からでしたけど、もっとなんというか、緩くなった感じですね」


「緩く? そうかなー、自分ではわからないや」


 千恵子が首を傾げていると、先に休憩していた男性社員も女性社員の意見に便乗した。


「お、それは俺にもわかるかも! なんか、話し掛けやすいっていう感じかな? 前はなんていうか、良くも悪くも無表情っていうか、掴めない感じかもな」


「わかるー! 理不尽な理由で怒られてるのに、文句も言わずに仕事を進めていくんだもん! 切り替えが早くて、カッコいいとか思ってたけど、同時に邪魔しちゃいけないとか考えてたよね!」


 千恵子が自らを女性(アマゾネス)と例えるだけのことはある。


「なにそれ、じゃあ前の私は話し掛けにくかったってこと? というか、それなら言ってよ!」


「さすがに言えないですよ、本人に話し掛けづらいなんて」


「うんうん! 俺も無理だわ」


「ま、まぁ、それもそっか。でも、変わったのかー」


「はい、変わったと思いますよ。きっとアカーシャちゃんのおかげじゃないですか?」


「それはあるかも! あの元気な親戚の子だよな?」


「その子、その子! 私なんて、あまりにも可愛いから、ストックしてたお菓子全部あげちゃったくらい」


「そういえば、俺も飴あげたなー」


(ふふっ、こんなところにも影響を与えるヴァンパイアってどんなだよ! でも、そっか変わったんだね……私。もう昔の自分がどうだったのか、忘れたわ)

 

 アカーシャ談議に盛り上がる同僚を見て、そう思う千恵子であった。

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