お城へ潜入
夜の国にある王城、ブラン城。
若草が生える丘の上、真っ白な壁に、朱色の屋根というまるで絵画のような美しい城。
それだけではなくて、敵からの侵略に対して即座にできるよう、半要塞化されており、王室であろうと客間であろうと、城のどの部屋からも城下町、そして国境付近まで見渡せる。
そんな王城の左側、大きな木が生えていることで、ほんの少しだけ死角となっている一角。
魔女キルケーはそこにいた。
「相変わらず、可愛い見た目とは裏腹って感じだね〜」
彼女は何度も見てきた、王城のギャップに苦笑する。
「うーん、思ってたより、士気も下がってそうにないね〜」
軍隊長のフリーディアがいないというのに、軍の統率は乱れている様子もない。
なんだったら、なにかを警戒しているのか、厳重なくらいだ。
城門を警備する衛兵たちは一箇所しかない城門を四人。
周囲を警戒する巡回兵も四人も割いている。
「あはは〜……これ、色々と勘ぐっている感じだよね〜、フリーディアちゃんの一件も、もうバレたってことかな〜……」
普段の警備体制は、アカーシャの強さ、そしてその直轄、肩を並べなくとも、右腕と呼べる忠臣フリーディア。
更にはその傘下である妖精族からなる軍。
彼らがいたことで、城門に二人だけだった。
「ということは……はぁ〜、きっとウラド王、今もあの怖い顔で外を監視しているんだろうね〜……」
ウラド王は慎重さと豪快さを兼ね備えた優れた王であった。そして害なす者には冷徹で、敵が音を上げようとも、その命が消えるまで容赦しない。
それは、例え旧知の仲であるキルケーであっても、同じなのである。
(ふぅ……アカちゃんなら、戦えるだろうけど、ボクじゃ役不足だしな〜♪)
対峙した場面を想像して冷や汗を掻く魔女キルケー。
「……見つからないようにしないと」
決心した彼女は、木の陰から衛兵の様子を伺いながら、パチンと指を鳴らして隠行の魔法を使う。
霧のように姿が消えて透明になると、歩みを進めて、その横をゆっくりそーっと音を立てないように、通り抜けていく。
息遣いも聞こえないように、静かに。
(うん♪ 完璧だね〜♪)
無事、城門を抜けると小さくガッツポーズを決めて、財宝を盗みに来た冒険者のような動きで、月の紋様が彫られた大きくて、真っ白な扉を開けた。
「ふぅ〜、緊張したぁ〜!」
(よし♪ ここから、三階の端にあるアラクネちゃんの部屋まで、シュバッと、パパっと一気に行っちゃうよ〜♪)
心の内でそう呟くと、すぐさま異空間から箒を取り出し跨って、アラクネの部屋へと猛スピードで飛んでいった。
☆☆☆
ブラン城内、三階、真紅のカーペットが敷かれた廊下を突っ切った先にある第二王女、アラクネの部屋。
そこにはドレッサーや天蓋付きベッドなど王族っぽいものはあれど、ほぼ本の森と化し、中央にあるテーブルには、縫いかけの服やウラド王、アカーシャ、フリーディアのぬいぐるみ、キルケーのぬいぐるみなどが置かれている。
「で、アラクネちゃん、いく? ボクと一緒に」
テーブルの上に置かれた自身のぬいぐるみ撫でながら、キルケーは飄々としたなんとも軽い感じで聞いた。
「う、うん……行きたい……」
「おお、二つ返事か〜♪ ちょっとびっくりしたかも、でも、いいの? アラクネちゃんは、ウラド王に恩を感じているんじゃないの?」
「……うん、感じているよ……でも、私も変わりたいから……アーちゃんみたいに……」
(……ボクとおんなじだね)
キルケーは優しく微笑むと、
「ふふっ♪ そっか♪ じゃあ、そうだな〜……」
唇に手を当て考える。
(転移の扉は、異空間にしまっている方がいいよね……あのまま置いていたら……ウラド王に特定されちゃうだろうねし〜♪ あー、怖い怖い……まぁ、それでも時間稼ぎにしかならないだろうけど……)
「ここから一度、ボクの家に行ってから、アカちゃんのいる世界に行こっか♪」
「うん」
アラクネはコクリと頷く。
なにかを決めたかのような、彼女の表情にキルケーは少しばかりの成長を感じた。
(自分で選べるようになったんだね♪ いいことだ♪)
「じゃあ、異世界の旅へ出発〜♪」
「でも……その……お父さんに気付かれない?」
「あー、まぁ、いつか気付かれるだろうね〜」
(ウラド王に気付かれた時か〜……きっと寂しがるだろうね……もし全てがバレでもしたら、一体なにが起こるか……)
ウラド王は元々人間を、餌同然にしか見ていない。
それが明確に実の娘を奪った(ウラド王の中では)憎むべき相手となり、また人間(千恵子)によって(厳密に言うと、キルケーのせいで)、姿を消そうとしているのだ。
そんな事実がバレでもしたら……その怒りは計り知れない。
(あはは……あれ? ボクもしかして、やっちゃったかな〜……)
やっちゃっているし、せめて巻き込むこと確定な千恵子やアカーシャの意見くらいには聞くべきところだろう。
だが、聞かないし、言わない。
それどころか、
(ま、まぁ、アカちゃんがいるから大丈夫か♪ というか、あの子を、いやボクらを変えた山本さんもいるわけだしね〜♪ きっと大丈夫〜♪)
などと、微笑みながら、ノーテンキ極まりない無責任魔女に成り果てる始末である。
「……どうしたの? キルケー、笑っているけど」
「ううん、ちょっと楽しみでね♪ それが顔に出ちゃったのかも♪」
「そっか……うん」
「じゃあ、今度こそ、異世界に向けてぇぇ……出発〜!」
キルケーが勢いよく手を挙げると、控え目であるが、アラクネもそれに続いた。
「……おー!」
そして、二人はキルケーの出した扉の向こうへと消えていった。
☆☆☆
一方、その頃の千恵子は、自宅のソファで【戦え、ヴァンパイアちゃん】の漫画を読みながら、のんびりとコーヒーを飲んでいた。
「ふふっ、マヒルってまんま、アカーシャじゃん!!」
すると、その声を聞きつけたアカーシャがベランダから叫んだ。
「旦那様〜! 今、我を呼ばなかったか〜!」
「ごめーん! 呼んでなーい! 独り言ー!」
「わかったのであるー!」
この時、彼女はその小さな両肩に、世界の命運が乗ることなど、全く知る由もなかった――。




