幼き頃の自分に重ねて
時は流転しキルケーがアカーシャに指示すると決めた運命の選択から、数ヶ月の時が流れた。
キルケーは夜の国の王女、アカーシャの元に訪れていた。
「アカーシャさん、これって知ってる〜?」
アカーシャの自室、天蓋付きベッドの向かい側、窓際に置かれた勉強机で、魔女キルケーは薬学の知識が詰まった本を片手に教える。
一番初めに教えたのは、薬草や魔物を用いた薬、その効能や用途、毒なのであれば、解毒方法だ。
仮にも王族、誰かが命を狙ってきてもおかしくない。
それにいくら不死であろうとも、生まれながらにして、強き者であったとしても、毒を摂取してしまえば、簡単に命を落としてしまう。
だから、どう対処した方がいいか知っておくべきなのである。
(あ、あれれ〜? なんでこんなに不服そうなんだろう……?)
キルケーの視線の先には、なぜだかわからないけれど、頬をプクッと膨らませて、
「キルケーよ、さん付けはやめよ! 我はお主から教えを乞う身なのだ。もっと気軽に呼ぶがよい!」
上目使いをするアカーシャがいた。
言葉の真意が、というか……その態度全ての意味がわからず、キルケーは首を傾げる。
「は、はぁ……僕はそれでもいいんだよ? でも……君って王族だしね〜」
「煮え切らない奴だな……そもそもだ! さん付けするくせに、他の言葉は砕けているではないか!」
「いや〜、僕って敬語とか苦手なんだよね〜」
「ぐぬぬぬ……ならば、普通に喋ればいいだろ!」
「わ、わかったよ」
「うむ! わかればいい、それにだ――」
「それに?」
「この方が、距離を近く感じて、その……色々と聞きやすいであろう?」
「色々……色々って?」
「むう……察しがいいのか、悪いのか、わからんやつだなー……あれだ! あれ! お主が経験してきた話を聞きたいのだ!」
なんというか――どこからともなく、いや、時空を越えて、「アカーシャ……君がそれを言うんだ……へぇー」という、呆れたOLの声が聞こえてきそうである。
けれど、当然響くことなかった。
一方、本音を口にした王女アカーシャは照れくさいようで、キルケーと視線を合わせようとしない。
(ああ、世間話ってことだね!)
「ふふっ、そっか〜♪ じゃあ、ドラゴンの住まう山に訪れた時の話を――」
「おお……いいな! では、存分に語るがよい!」
「は〜い、では遠慮なく――」
キルケーが新しいことを口にすれば、アカーシャは目を輝かせながら、パアっと華のような笑顔を咲かせる。
一人だった魔女キルケーにとって、こんなにも自然に自分の知識を求められる。それがなんとも、形容しがたい気持ちを彼女の中に芽生えさせた。
「ほうほう……そうであったか! では、ドラゴンというのはいるのだな!」
「うん♪ いるよ〜! 他にも海にしか生息しない大きくて、ヌメヌメしたクラーケンっていう、ちょっと変わった魔物もね〜」
「海か! 我が王になった時は行ってみたいなー! きっと美味い食材があるに違いないしな……ムフフ」
(ムフフって、ふふっ♪ こうして見ると、ただの子供なんだよね〜。僕にもこういう時期があったな〜)
気になる言葉が出てくれば、アカーシャはコロコロと表情を変える。
そこに、キルケーは幼い日の自分を見た。
そしてーー。
(僕に妹なんていないけど……いたらこんな感じだったのかな〜……)
無邪気なアカーシャに不思議な縁を感じたのであった。




