背中越しに伝わる、ホントの気持ち
キルケーたちが、訪れた後。
惚れ薬を頑なに拒否する千恵子の意向により、破棄することになった。
そして、他愛もないというか、異世界あるあるや、人外談議という、らしい話題で盛り上がりを見せていたのだが――。
「山本さん、アカーシャちゃん、推しイベがあるので帰りますねー!」
「アカーシャ様、山本殿、急に立ち寄ってすみませんでした! 私も失礼いたします」
一足先に臣下組の二人が、推しイベントのため帰っていき、少し遅れて騒動の張本人――キルケーも玄関に向かった。
「じゃ、ボクも帰るね〜」
(ふぅーこれでようやく……静かになるー……)
玄関先で、ドアノブに手を掛けているキルケーを前に、千恵子は安堵の表情を浮かべた。
賑やかな場所に苦手意識を抱くこともなくなったし、これもいいかと思うようにもなった。
しかし。
(さすがに、人数が多いわ……)
同時に三人の……いや、愛美を含めると四人を相手取るのには無理があった。
千恵子がそんなことを感じながら、キルケーを見送ろうとした時、後ろにいたアカーシャが横を通り過ぎて、
「今日は……ありがとうな……」
なんというか、申し訳なさそうな……憂うような表情で別れを告げた。
(惚れ薬を割ったのが、よくなかったのかな……私には必要ないって、意味だったんだけどね……あれじゃ、伝わんないかー……困ったな……)
目の前にいるアカーシャの表情に胸の当たりがギュッと締め付けられる。
人との関わりを疎かにしてきたわけじゃない。
社会人として、仕事に勤しみ。
目立たないように、波風立てないように、そう過ごしてきただけ。
(気持ちを言葉にするって、難しいね……)
だから、この感情を口にすることで何かが変わってしまうことを恐れたのである。
つまりは、彼女もまた”恋”を知らない。
未熟な自分に呆れていると、
「山本さ〜ん♪ お願いね♪」
キルケーが優しく微笑んで、ウィンクをした。
(……そうですか、さすが魔女さん、私のこともお見通しってことですか……)
少し癪に触る。
口にもしていないことを、今日会ったばかりの誰かにばれることが。
(まぁ、でも――)
気持ちを決めた千恵子は、ぎこちない笑顔と親指を立て、応じた。
(お節介、ありがとう。私なりにやってみるよ。時間はかかるかもだけどね……)
それに黙って頷くと同じように親指を立て、
「じゃあ、またね〜! 二人とも〜!」
キルケーはその場をあとにした。
☆☆☆
そして、そこから時間は進み、雨がすっかり上がった夜空には星が輝き、満月が見える時間帯。
千恵子とアカーシャが寝る寝室。
ベッドの左側に千恵子、右側の扉に近い方にアカーシャが背中合わせで寝ていた。
(なぜ、あんなにも否定したのだろうか? 旦那様は我のことが嫌いなのか……? わからない……やはり、これを使うしか――)
布団を被り、丸くなるアカーシャの手には破棄したはずの惚れ薬が二つあった。
これはキルケーから、こっそりもらった予備。
『本当に使いたいなら使ってね♪』といつもの調子で言われこっそり託された物である。
(どうしたらいいのだ……)
瓶を握り締め、震えるアカーシャ。
未来に起こるかも知れない、千恵子(人間)との衝突や別れ、そんなことを想像する。一方で、ありのまま過ごしてきた、この日々を抱き締めいきたい、愛しいと感じてしまう。
「……アカーシャ……使っていいよ?」
「は、は? なに言っておるのだ?」
「ん? 惚れ薬持っているんでしょ?」
「なんで……それを」
「私は……アカーシャのこと、全部は知らないよ? でもね……もし本当にそれを使いたいって思うなら――受け入れるつもりでいるよ」
「いや、でも……」
「ううん、ごめん、どういっていいのか、わかんないんだ。こういう時……なにが言いたいかというとね――薬はいらないってこと」
その言葉を、確かにこの耳で聞いた。
信じられなくて、けれど嬉しくて……アカーシャは、ぎゅっと二つの瓶を握り締めた。
もう、必要ない。それは、ただの液体が詰まった小瓶。
アカーシャは、その瓶を異空間に放り投げ、千恵子の方に向く。
「な、な、そ、それって?! え――っ?」
夜目の利くアカーシャには、千恵子の反応がはっきりと見えた。
(だ、旦那様の耳が赤い……て、照れてるのか? この我、相手に……?)
耳を赤く染めて、こちらを向こうとしない。
「これ以上は言わない! それだけ……んじゃ、もう寝る! おやすみ」
(そうか……ニヒヒ……幸せであるな……)
想いが伝わる。
それだけで満ち足りて、それだけで自然と笑みが溢れる。アカーシャはそっと千恵子に抱きついた。
「な、なに……?」
「なんでもないのだ。少しだけ、少しだけ……このままで……」
「……うん、少しだけね……」
ようやく、ほんの少しだけだけれど、通じ合った女性とヴァンパイアであった。
第一部”惚れ薬”編完。
――つづく♪
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
まずは、アカーシャたち、千恵子たちの日常を覗いて頂き、ありがとうございました!
これにて、第一章完となります。
笑顔になったり、ほのぼのしたり、じんわりきて頂けたなら、とても嬉しいです。
どうやら、アカーシャさんと千恵子さんが何か伝えたいようですので、彼女たちからの一言で、締めの挨拶とさせて頂きます。
「皆のものーーーーー!! 我と旦那様のラブラブな日常はどうであったか? フッ、聞くまでもないな! 旦那様の魅力が伝わらないわけがないのである! 気づけない愚か者は我が直々に滅ぼしてくれる!」
「こら、物騒なこと言わないの! そもそも、私に魅力とかないから!」
「なにを言っておるのだ! 魅力しかないであろう? いい匂いするであろう、小柄であろう、活き締したような目もいい」
「いや、全部外見だし、特殊過ぎるわ! じゃなくて、挨拶するんでしょ?」
「あ、そうであった! では、声を揃えていくぞ? 旦那様?」
「う、うん、そういうノリ得意じゃないけど、締めだしね」
「可愛い……」
「いや、そういうのいいから! ほら、早く挨拶しよ」
「むう……わかったのである」
「「読んで頂き、本当にありがとうございました!! また、よろしくお願いしますー!」」
お二人ともありがとうございました。
なんだかんだと言いながらも息ピッタリでしたね!
では……作者からも忘れてはならない、宣伝文句を♪
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そして最後に、一言だけ。
皆さんの日常にも、素敵な出会いがありますように☆
そしてまだまだ続いていきますので、引き続き楽しんで頂けると嬉しいです。
ほしのしずく☆




