魔女キルケーの試練
全員が惚れ薬に興味を見せる中、キルケーは悪戯っぽい笑みを浮かべて、
「じゃあ、飲む?」
千恵子に惚れ薬を差し出した。
「誰がですか?」
「山本さんだよ? これを飲んで、好きな相手にも飲ませれば、一生両想いになるからね〜♪ 何があってもケンカしないし、無条件で相手の全てを好きになれるんだ♪ で、どうかな?」
千恵子に満面の笑みを向ける。
けれど、本心は違った。
(申し訳ないけど、試させてもらうよ? アカちゃんはボクにとって可愛い妹みたいなもんだからね)
大きな賭けである。
魔女として何百年も人間を観察してきた、そしてその存在がどれだけ気分屋なのかも理解していた。
自分と違う、流れる時間が違う、外見が違う。
違うということだけで、人間はその一切を否定したりする。寿命の短い人間なら、これでいい。
しかし、ヴァンパイアは永遠に近い月日を生きる。
深く傷付いてしまってからでは、取り返しがつかないのだ。その時、アカーシャは……。
(この世界の人間にまで失望したら、アカちゃんはきっと完全に心を閉ざす……)
アカーシャは生まれながらにして王になることを宿命づけられた存在であり、拳一つで戦地を駆けてきた。それは夜の国に大義名分があれど、確かに一方的な戦いで。
彼女の父親、ヴァンパイアの真祖、先代の王様である鮮血公の教えもあって、侵略する人間を家畜以下に見ていた。
だから、嫌いというより無関心であったのだ。
けれど、それが戦を重ねる度に変化していった。
種を守る為の戦いではなく、自らを滅ぼす同士討ちや弱った者から略奪する権力者の姿を目の当たりにして、嫌悪感を抱き、真に滅ぼすべきではないか? そう考えるようになった。
結果、今まで以上に苛烈となって、自分が追い詰められるような戦いが巻き起こったのである。
(でも、だからこそ――)
だから、キルケーが来た。アカーシャの気持ちを聞いて千恵子を、二人を試す為に。
「山本さんが飲むってなると、必然的にアカーシャちゃんですよね?」
「そうですね! 私もそう思います! ね? アカーシャ様?」
「……むう、そうだな……」
臣下組に焚き付けられたら、調子づいてすぐ実行する。
そんなアカーシャであるはずなのに、何とも歯切れの悪い反応を見せる。
(……きっぱり断ることもできないってことは、アカちゃんは踏ん切りがつかないんだねー……じゃあ、山本さんは――)
キルケーが心の内で呟きながら、千恵子の方へと視線を動かす。
すると、千恵子はすぐさま使うことを拒否した。
「いらないし、飲まない!! そんなの私に必要ないから!」
(おお……飲まないんだ。山本さん、アカちゃんのこと大切に思ってくれてるんだねー、嬉しいよ。でも――)
その横で、キルケーがほんの小さく、誰にも聞こえないような声で呟いて、
(……アカちゃんはね、戦争のたびに一人になってきたんだよ。誰にも何も言わずに……強がるしかなかったんだ……)
息を呑むと、千恵子をしっかりと見つめた。
その瞬間、千恵子の眉がほんの少しだけ動いた気がした。けれど彼女は何も言わず、ただ視線を落とすだけだった。
どうしていいのか、わからず珍しく意思表示をしないアカーシャと、何かに気付いたような素振りを見せる千恵子。
そんな二人を前にキルケーは僅かに口角を上げて、心の内で本音を口にした。
(だからね。決定的に自信がないんだよ……繋がりを維持できる自信がね……)
その横顔は誰よりも優しくて、少しだけ寂しげだった。




