面白いもの……それは惚れ薬
しばらくして。
千恵子のリビングには、キルケーの“面白いもの”の発言を何処からともなく聞きつけて、気づけばみんなが集まっていた。
(なにこの、見るからに怪しい小瓶は――)
目を細める千恵子の視線の先には、リビングテーブルで、紫色に輝く怪しげな液体の入った小瓶があった。
誰がどう見ても、危険極まりない。
トラブルの元で、これがキルケーの言っていた“面白いもの”である。
「……これが、面白いもの?!」
内心、面白いなんてこれっぽっちも思っていない。
でも、見てしまったわけで……
(話を聞かざるを得ないよねー……)
そういう流れになっていた。
そんな彼女の心の内など、いざ知らず、キルケーは軽い口調のまま返事をした。
「うん、そうだよ〜♪ マンドレイクとラフレシアを煎じた物にエルフの聖水を加えて、ボクの魔力を注ぎ込んで作ったんだ〜♪ つまりはボクの力作だね!」
「マンドレイクにラフレシア……力作ですか……は、はぁ」
マンドレイク、人型をした採取する際に叫び声を聞くと、必ず死ぬと言われる植物。
異世界の植物、魔物、心をときめかせたいところではあるが、この面白いものは触れたら火傷確定なやばいもの。
(だめーだ。嫌な予感しかしない)
こんな風にいくら千恵子であっても、心配する気持ちの方が勝っていた。
「……これは、惚れ薬ですね」
繰り返されてきた困りごとなのか、現代の服を着こなすフリーディアは溜息を吐きながら言う。
その正面に座っていたアカーシャは、何か思うことがあるのか、少し間を置いて頷いた。
「……うむ、フリーディアの言う通り、惚れ薬であるな……」
意味合いは違えど、静かな反応を見せる二人。
それとは違い、フリーディアの隣に座っていた、さり気推しコーデ(白のブラウスと鬼のループタイ、そして深い蒼色をしたフリルスカート)をした愛美はいつものようにグィっと身を乗り出して、
「ええ!? 惚れ薬って本当にあったんですか!?」
テーブルに寄り掛かっているキルケーと、惚れ薬に夢中となっていた。
「うん、あるんだ〜! よくこれを求めてきた人間が血で血を洗う争いしたもんだよ♪ うふふ♪」
「いや、全然、笑えませんって……」
(なに笑いながら、物騒なこと言ってんの?! このキルケーとかいう人……てか、なんでこういう時に限って全員いるのさ。よくないこと起きるの確定じゃない! って、誰に使う気よ! まさか……私か?!)
ようやく人外に対して耐性を持ち始めていた千恵子であったが、一方で人外を(素行)疑う気持ちは一段と強くなっていた。
だが、その感はあながち間違っていなかったようで、キルケーが怪しげな視線を千恵子に向けた。
「えっ?」
思わず声を漏らす千恵子。
そして、同時に混乱してしまって、
(今の……私に反応した? まさか――これ、私に使う気なんじゃ……?)
目を瞬かせて、考え込んでしまう。
「え、でも、二本あるってことはそれぞれに飲まないといけないやつですか?」
混乱状態の上司を置いてとんでもない速度で物事を理解する愛美である。
そんな彼女の勢いに引っ張られてか、フリーディアも続いた。
「さすが、愛美殿! 冴えていますね!」
そして。
「ふふっ! もちろんですよ! だって私は……」
そういうと、愛美は勢いよく席を立ち上がって、
「アカーシャちゃん……いや、アカーシャ様の特攻隊長兼臣下ですからーーー!」
【戦え、ヴァンパイアちゃん】の変身ポーズを取った。
「おお! その忠義、見習わねば!」
その右隣に座っていたフリーディアも勢いよく立ち上がって、
「私も! 軍隊長兼臣下ですーーー!!」
同じくポーズを取り、素早い動作で向かい合うとガシッと固い握手を交わした。
そこに言葉はいらない。
阿吽の呼吸を見せる臣下組であった。




