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山本さんのお嫁さんは、最強のヴァンパイアちゃん!?  作者: ほしのしずく
第2章:トラブルは突然に

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忠臣の思い

 坂の上にある住宅街、戸建てが建ち並んだ場所の反対側、開けた私道を挟んだ緑が多い場所に、愛美の住まうハイツがあった。


 アカーシャが先頭を歩き、その後ろにフリーディアがピッタリとついて、敷地内に入っていった。


「えーっと、メゾネットタイプとかいう、意味のわからん呼び名の二階建てとか言っておったな……むう、しかし、どれが二階建てなのだ?」


 そもそも、このハイツ自体がすべて二階建てで、外からではメゾネット式かどうかなどわからない。


 現代の住居に詳しくないアカーシャには、それを見分ける術もなく……まじまじと観察するしかなかった。


 そんなアカーシャを見守るように、後ろを歩くフリーディアは――静かに周囲を確認して、


「おお、あれが車というやつですね! ということは……あそこが駐車場ですか!」


 などと、敷地内を縁取るようにある花壇、その後ろに設けられた駐車場へと視線を向けながら、千恵子から受けた説明を思い出していた。


(――落ち着いてと……えーっとドアの前に着いたら、確か普通に……いんたーふぉんとかいう呼び鈴を押すでしたね……って、呼び鈴はどこにあるのでしょうか?) 


 しかし、肝心のインターフォンの位置を彼女はよくわからない。


 そんなこの世界を知らないフリーディアに比べ、ほんの少し先に来て色々と知っているはずのアカーシャだが、何故か空返事で返す。


「ん? ああ、そうであるな!」


 彼女もフリーディアと同じように、千恵子から住所を聞いた。

 けれど、さすがに建物の構造まで理解しているわけもなく、まるで不審者のようにベランダを凝視していた。


「なるほど、ベランダに干している物が違う……まなみの家なら、もっと趣味全開な鬼のタオルとかがある気がするのだが……」


 そんなアカーシャにフリーディアは、チラリとその横顔を盗み見て、ほんの少しだけ迷った。


(この世界の常識を教えてもらっている立場とはいえ、さすがにこれ以上は……)


「……アカーシャ様、たぶんですけど――そのメゾネットというものですが、この建物の端になるようですよ? 右のほうを見てください。あそこ、二階に窓があるのに、ベランダはないので――」


(アカーシャ様って、少し抜けているところがあるんですよね……この世界の勝手はわかりませんが、人の家を覗き見るような視線が良くないことくらい、私にもわかりますよ……山本殿との生活で成長しているように思えていましたが、まだまだなのかも知れませんね……)


 臣下として、純粋に心配するフリーディアである。


 そんな彼女の気遣いなど、気付くこともなくて、


「おお、確かに……他の部屋は、全てベランダがついておるな……ふむ、つまり右端の建屋がまなみの家ということか!」


 アカーシャは晴れ晴れとした表情で頷いていた。


「お褒めに預かり光栄です、アカーシャ様」


 表情がコロコロと変わるアカーシャにフリーディアは思わず顔が緩んで、


(心から、楽しんでおられるのでしょう……良かったですね。アカーシャ様)


 幼き日から今に至るまでの出来事を思い出していた。


 人と争い戦うことを宿命づけられた、引くことも泣くことも許されることもなく、幾千の戦場に立ち拳を振るい続けた真紅の鎧を身に着けた少女の姿を。


(かつてのアカーシャ様なら、このような場所で笑うことなどありませんでしたのに……どうやら、本当に山本殿との出会いが全てを変えたようですね)


 そんな忠臣の心など知らず、かつて少女だった王様は、少女のように目を輝かせていた。


「ああ、わかったぞ! あれだあれ、この建物一帯が宿屋みたいなものだ!」


(宿屋……アカーシャ様、それは違うような気がします。でも、そうですね! アカーシャ様が楽しそうだから……まぁ、良しとしましょうか!)


 ここに生暖かい目で主を見守り隊、発足である。


「そう言えば……金貨を積めば一晩ふかふかのベッドに案内してもらえるとか何とか、聞いたことがあったな! 誰であったか――」


「そのお話伺ったことがあります。確か、アラクネ様だったような?」


 アラクネという人物はアカーシャとも旧知の仲で、フリーディアとも面識があって、その手先の器用さを嫉妬した神により、蜘蛛の姿に変えられた元神だった者である。


 現在はキルケーの薬により、姿を変え人間の冒険者として、各地を旅している変わった一面もある。


 その容姿は青紫色の瞳、同じく短髪が特徴。そして誰よりも手先が器用だと言うのに、引っ込み思案な性格だ。


「そうそう、アラクネだ! あれは元気にしておるのかなー……そういえば、皆(みな)も元気であろうか……」


 在りし日を思い出したのか、アカーシャの表情が少し陰る。


(真剣な表情……きっと、色々と思うところがあるのでしょうね)

 

「アラクネ様もそうですが、皆、元気にしていますよ? アカーシャ様が亡くなったって大騒ぎしていましたけどね」


「ふむ……それは少し悪いことをしたかも知れん……しかしだな――」


「大丈夫です……ここに居たいんですよね?」


(そうなんですよね……昔は臣下以外とは距離を置いておられたのに。ですが、今はこうして山本殿を想って、山本殿の傍に居たいのですね……不思議です、本当に)


 公園での一件から、ずっと気になっていた、その変わりようを不思議に思う。


「うむ……」


「そうですか……」


(本来なら、アカーシャ様を一刻も早く連れ帰るのが私の役目。けれど――今、私の知らない顔をしているこの方を、無理に連れ帰ることは……きっと違う。そして――)


 まだこの世界のことは何も知らない。


 けれど、人間は自分たちとは違う存在に、敵対意識を向けることが多い。それは自分の世界でよく目にしてきた。


 だから、本心で言えば、千恵子だって信じ切れてはいない。


 だが、だからこそ、フリーディアもアカーシャが抱いている気持ちを知りたくなったのである。


(――私も知りたい。あのアカーシャ様が信じ切る理由を。ここに居たいと願う感情を……)


 などと、胸の内で呟き、自らこの世界に興味を持ったフリーディアであった。

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