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いや、とりあえず服を着ましょうね?

「よいか……吸血鬼というのはだな……一部の人間が勝手につけた呼び名でだな――」

 

 アカーシャが不服そうにしているのは、自身の住まう世界では吸血鬼は正式な呼び名ではなく、一部の人間が血を吸う行為を目にしたことで忌み嫌い、勝手に付けた俗称であるからであった。


「――いや、本当に人間と言ったら、自らと違うだけで差別してくるからな! 思い出しただけで、殺意が芽生える……いつの時代もそうだった――」


 アカーシャ自身もその過去で何かがあったのか、湯水が湧くように愚痴は止まることない。


 それによほど悔しい思いをしたのか、時折ギリっと歯を鳴らす。


(まぁ……人間ってそういうところあるもんね……)


 千恵子は人間の不完全さ、未熟さを止まることなく、口にするアカーシャに親近感を抱いていた。


 自分自身の人生において、何か大した出来事があったわけではない。


 ほんの少し運動が苦手で、同性より異性といる方が楽だったなーという人生を歩んできた。


 その間に、多数の人が定めたであろう枠に納まることに対して、仲間外れにも似た疎外感であったり、世界に一人残されている感覚があっただけ。


 もちろん、それでも温かい人もいた。


 けれど、攻撃性を持った人も決して少ないとは言えなかった。

 これが悪いと言うと、また新たな攻撃や争いを生み、ずっと繰り返す。


 だから、人間社会にはある一定のルールが設けられているわけだが……。


(ここまで言うってことは、この子の世界ではそういうのがなかったのかなー……)


 その察しの通り、アカーシャの世界では人間と争うのが当たり前だった。


 彼女の治める夜の国へと、何度も何度も人間たちは進行した。


 ただ何も好き好んで千の軍勢、万の軍勢を肉塊にしてわけではない。


 全ては自分の国を守る為だった。


 しかし、人間はその大義名分を自分たちにあると主張し、ヴァンパイアという呼び名から生き血をすする怪物という意味合いとして、吸血鬼と呼ぶようになり、人間の脅威となると決めつけたのである。


 だが、実際は未知なる財宝や不老の秘密などをヴァンパイアという種族の特異性を解明し、自らの利益としたい願った業深き、人間の探究心が引き起こしたものであった。


 この話を聞いたのが、普通の人間であれば同情するだけで終わったであろう。


 けれど、千恵子は社会を生き抜いてきた女性(アマゾネス)


 ただ同情するわけでなく、その考えに共感した。


 したのだが……。


「えーっと……まず、服着ない?」


 タイミングやシュチュエーションは完璧であった。


 心も持っていかれたし、力になりたいとも思った。


 でも、残念なことに明るく突き抜ける特徴的な声色が。


 一糸纏わぬその姿に重い話が。


 無駄に古風な言い回しの、その全てが。


 感涙ゲージマックス状態の千恵子のゲージを下げることになった。


 これが夢でないなら、大変まずい状況なのではないかと。


 自然と口調も敬語から砕けていた。


「うむ……服……か」


「そ、そう! まず着てから話をしよう?」


 少し落ち着いたことで、尚の事、千恵子は焦り始める。


 ヴァンパイアであろうが、吸血鬼であろうが、目の前にいるのは、どう見たって未成年。


 しかも、純真無垢な少女で、生まれたままの状態である。


 もしこの状況を、事情を知らない他人が目にしてしまったなら、言い逃れはできない。


 この日本には法律(ルール)が存在するのだから。


(この子……どこから全裸だったんだろう……それによっては私詰んでるよね……)


「とか、考えている場合か! どうにかしないと! てか、早く服、服!」


 千恵子は文句を垂れているアカーシャに催促しながらも、社会を生き抜いてきた女性(アマゾネス)として、このあり得ない事態を切り抜ける最適解を探す。


 でも、あり得ない事態に思考が上手く纏まらない。


 次々に浮かぶは、悲惨な未来を迎えてしまった自らの姿。


 マンションの監視カメラから、通報。

 瞬く間にネットニュースとなり、オタクを隠していた同僚にはオタバレ。


 そこから懲戒免職となり、全国の皆さんに「はーい! 私、人外オタクでーす! 何だか男性に惹かれないと思ったら、美少女に惹かれちゃいましたー!」などという、本人の癖とは乖離してしまったゴシップまで浮かんでいた。


(私、ロリが好みってわけじゃないし、健全な方だし)


 そんなことは、今はどうでもいい。

 まずは、この状況をどうにかするべきだろう。とまた何処からともなく、ツッコミが飛んでいきそうだが。


「じゃなくて!」


(どうするよ……)


 妙案が浮かばない千恵子は、敗残兵のように真っ白となり頭を抱える。


 もはや、その目にはベッドの上で高笑いする全裸少女の姿すら映っておらず、息を止めざる終えなかった背中の痛みですら過去の産物と化しているくらいだ。


(そうだ! そうだよ服、まずは服だよ!)


「服! 君、全裸だからね!? 普通に話してたけど、私、今めちゃくちゃ気まずいから!」


 千恵子は、ようやく状況の異常さに正気を取り戻し、目の前にいる赤毛の少女……いや、ヴァンパイアの王であるアカーシャに詰め寄った。


 しかし、アカーシャはキョトンとした表情で首を傾げて、


「……ふむ、気まずいとは?」


 その指摘の意味すら理解していない。


「いや、普通に恥ずかしくない!? 裸だよ!? すっぽんぽんだよ!? しかも、私の部屋に突如現れた吸血鬼の美少女が、何の説明もなく全裸でしゃべり続けてるって、これどう考えても変でしょうよ!!」


 ガンガン攻めろ状態となった千恵子は、床に置いてあった自分の部屋着であるパーカーを素早く掴み、それをアカーシャに着させようとするが……。


「む、何をする!」


 アカーシャは素早く後ろに飛び退き、腕を組んで千恵子を睨みつけた。


「我はヴァンパイアの王。服などという軟弱なものに身を包む必要などない!」


「いやいやいや! 王とか関係ないから!! ていうか、私の部屋の防犯的にもまずいし、何よりマンションだからね!? これ、もし管理人さんが入ってきたらどうするの!? 言い訳できないから!!!」


 千恵子はすでにパニック寸前だった。


 しかし、アカーシャはフッと鼻で笑い、堂々と宣言する。


「安心せよ。我には高位の隠形術がある。姿を隠すなど容易きこと……」


 そう言いながら、彼女が指を鳴らすと、一瞬にしてその姿がフワリと霞のように靄がかかった。


「……と、言いたいところなのだが……ふむ?」


 けれど、消えるどころか、全く変わらない。


「えっ?」


「……むむ? おかしいな……」


 アカーシャはしばらく腕を組み考え込んでいたが、やがて「ふむ、力が戻りきっておらぬようだな」と呟いた。


「いや、そういう問題じゃないから!! いいから服着て!!!」


 千恵子は全力で叫び、アカーシャが後ろに下がることも考慮し、先程よりも、もう一歩前に踏み込んだ。そして強引にパーカーを頭からかぶせた。

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