首無し騎士の事情
1LDKのマンション、千恵子とアカーシャが住まう二〇四号室のリビングで、千恵子は突然現れたデュラハン、フリーディアの話を聞いていた。
「――なるほど……で、この世界に来たんですね?」
「ええ、大まかな流れはそんなところでしょうか」
その内容は、戦地で行方をくらまし、生死不明となっていたアカーシャの痕跡を辿ってきたというものだった。
場所を特定できたのは、あの公園での一件。
一時的ではあるが、アカーシャ本来の力が発揮されたことで、痕跡を辿ることができたようである。
ちなみにフリーディアとアカーシャの関係は、幼少期から仕えていた忠臣と、王というものであった。
(……なーんだ、ちゃんと待ってる人がいるじゃん、って、なんだろう……この気持ち)
ただ、漠然とこの生活は続くと考えていた。
アカーシャの居場所はここしかないとも。
だが、実際は、そうではなくて、待ってくれている人、必要としている人がいたのである。
(当然だよね……アカーシャは王様なんだから)
千恵子は自分に言い聞かせるように、心の内で呟く。
そして、ふと左側に座るアカーシャへと視線を向けた。
自分のことを慕っていてくれたことは、この期間で痛いほどに伝わっている。
けれど、就寝時はうなされていたり、国のことが気になっているような、寝言も口にしていた。
だから、アカーシャはこの臣下、フリーディアとの再会を喜んでいると考えていた。
(ん……?)
だが、その視線の先にいたアカーシャは、不機嫌そうに頬をプクッと膨らませ、そっぽを向いて、
「わ・れ・はっ! ここで暮らすことを決めたのだ!!」
ダ、ダッダーン! とテーブルを叩き立ち上がって、
「はい、それは承知しています。そして止める気もサラサラありませんよ!」
フリーディアはそれを優しく微笑んで、受け入れた。
「う、うむ! わかっておればよいのだ!」
「ええ、アカーシャ様が、一度言い出したら聞かないお方だということは、私自身が一番知ってますから」
そういうと、フリーディアは席を立ち、千恵子の足元と歩みを進め頭を垂れて、
「――ということで、千恵子殿、アカーシャ様と私を宜しくお願い致します!」
とんでも発言と片膝立ちで臣下の礼をした。
「は、はい?」
そのあまりのぶっ飛んだ対応に千恵子は固まって、頭上にはクエスチョンマークが無数に浮かぶ事態となっていた。
(えっ……この騎士さん、なに言ってんの?)
全くもってその通りである。
流れ的にも、「そうですか……アカーシャ様のお気持ち理解しました。国の皆にも伝えておきます……では――」というのが、ベストなアンサーであるはず。
なのに、目の前のデュラハンは主君との同棲を望び、それどころか、ぽかーんと開いた口が塞がらない状態の千恵子に向かって、
「お二人の仲を引き裂こうなど、微塵も思っておりませんので気にせず……あ、もし置いて頂けるのであれば、妾という立ち場で構いません! これでも貴族の出ですから」
恥じらう乙女のような表情で、忠臣フリーディアは、立て続けにおバカなことを言った。
「妾って、私は女ですよ? じゃなくてですね!」
(あっちの世界ではなに? 性別とか、関係ないってこと? それとも、人外界隈では、同性かどうかっていうことはそんなに気にならないっていう感じなの?! 意味わかんないわ……)
さすがの千恵子も度重なる価値観、非日常的な事柄に触れてきたことで、いつものようにツッコミを入れながらも、混乱する。
そんな状況でも、忠臣フリーディアは的外れなことを口にした。
「はい、私も女ですよ?」
「そら、そうでしょうよ! いや、そもそも、性別の話じゃなくて――えっ、これ私、何を説明させられてるの?!」
「は、はぁ……?」
フリーディアは、ツッコまれたことに覚えがないようで、首ではなく頭を傾げた。
「は、はぁ……? って、言いたいのは私の方ですよ! いいですか? 全部すっ飛ばして結論だけいうなら! ただ、普通に家が狭いので、三人は物理的に無理ってことです!」
すると、聞き耳立てていたアカーシャが金言……いや、迷言を言い放った。
「ならば、他の住人に移動してもらえばよかろう? それで上手く収まるのだ!」
「なに言ってんの?! 収まらない、収まらないって! とんでもないご近所トラブルになっちゃうからね?!」
「ならば、私が部屋を借りるとしましょう!」
フリーディアは立ち上がって胸をポンと叩く。
主君が主君なら、臣下も臣下である。
一糸纏わぬ姿で現れたアカーシャよりも、ほんの少し常識のあるように見えたが……やはり、そんなことはなくてアカーシャと同様に、この世界の常識などこれっぽっちも持ち合わせていなかった。
「ほぉーん、どうやってですか?」
「そこは正直に部屋を借りたいと言えば、いいのではないかな? と」
「誰に?」
そんな調子で語るフリーディアに、千恵子は思わずため口となってしまった。
「えーっと、この周辺にいる目上の存在でしょうか……?」
そして、こんなふうな世迷い言を言い続けるフリーディアに対して、死んだような目で、ズイッと顔を近付けまた疑問を投げかけた。
「どうやって?」
「そ、それはあれです! 丁寧に事情を説明すれば問題ないかと」
「その姿で?」
「む、無理でしょうか?」
「うん、まぁ良くて、どっかの研究機関とかに連れて行かれるだろうねぇ……? というか、そもそも契約って身分証とか必要だからね?」
「では、アカーシャ様の証文で!」
「いや、だから、そっちの世界基準で考えない」
(王族のサインって、異世界じゃ効力絶大かもしれないけど、こっちじゃタダの落書きなんだよなぁ……)
「そうですか……では、ちょっと考えます」
「はぁー……その方がいいと思います。そう言えば――ここに来るまでは、その姿で来たんですか?」
「はい、この姿で来ましたよ? もちろん、隠行の魔法を使ってですけど……ですが、実は途中、人間の子供に『なんか頭が浮いてる!』と言われ、焦って全速力で逃げて来たんですよね……あははー……」
「いや、あははって……じゃあ、帰らないんじゃなくて、力が枯渇して帰れないってやつじゃないですか?」
「あははー……そうですね……」
「うちは人外の駆け込み寺か!」
「駆け込み寺……?」
(寺じゃあ、通じないのか……じゃあ、あれか? 聖堂とか言えばいいの? って、そんなん今はどうでもいいわ!)
「ああ――っ、もう! 気にしないで下さい! 独り言ですから!」
表と裏でツッコミが絶えない千恵子である。
「は、はい……承知しました」
「うむ! そうだぞ? わ・れ・の! 旦那様の妾など、いくらフリーディアお前でも、許可できぬ!」
ムスッとした表情を見せるアカーシャ。
「いえ、あの……さっきのはここに留まる為の口実を欲しかっただけで……」
「なぁにっ?! そんなことにわ・れ・の! 旦那様を利用しようとしたのか?!」
(いや、もう何処からツッコめって言うんだよー……)
などと、呆れながらも、千恵子は話題を本題へと戻す。
「はぁ、とにかく状況はわかりました。ですが、さっきも言った通りうちで住むことは厳しいです」
「そうですか……」
「むむむ……あっ?!」
「なに? 急に大きな声を出して?」
(これ、おかしなことを思いついた流れでだろうね……)
「いや、おったではないか! あやつが!」
「あやつ?」
「我の臣下、まなみである!」
「ああっ! マナちゃんか!」
(珍しく冴えてる、まぁ、それならありか……)
アカーシャの案に感心してしまう千恵子であった。




