AJT作戦(怪しい人外に閉じ込める作戦)
千恵子は数秒のフリーズを経て、自らにツッコミを入れて、
(って、納得している場合じゃなかった! アカーシャと違って全裸じゃないけど……この姿は違う意味でまずいっ!!)
流石と言わんばかりの作戦を決行した。
「と、とにかく、入って下さいっ!」
それは自宅に迎え入れるというものであった。
言うなれば、臭いものに蓋をする作戦……KH作戦、いや、怪しい人外に閉じ込める作戦、AJT作戦である。
なにがどうなってこの場所を突き止めて、来たのはわからない。
けれども、この数ある住居から特定してきたのは、紛れもない事実であって、襲ってこなかった事実から推測して少なくとも敵意はない。
つまりは、世間からの目や、おいおいのことを考えると、さっさと家に入れて話をつけた方がいいのだ。
(なんにっ、これぇ……おん、もっ!!)
だが、どれだけ強く押そうとも、微動だにしない。
(これで、どうだ!)
今度は、少し勢いをつけて、下からグイッ持ち上げるように押したが……。
「むっ、ふぅんっ!!!」
やはりビクともしない。
言うなれば、巨木を押しているかのような感覚。
(だ、だめだ……どうしよう……)
デュラハンの背中にもたれ掛かって、息も絶え絶え状態となる千恵子。
すると、なにを思ったか、
「おお……! これは、抱擁というやつですか? であれば、応えないといけませんね!」
デュラハンはそんなことを口にしながら、振り向いて、
「こんな感じでしょうか?」
彼女を頭部の持っていない左手で優しく抱き寄せた。
「むはぁ――?!?!」
千恵子は息が抜けるような意味不明な声を上げる。
(ど、ど、ど、どういうことよ? これ――っ?!)
サーベルを振るって鍛え上げたであろう逞しい腕、鎧から漂う鉄の匂い、その鎧越しに感じる分厚いであろう胸板。
白銀の騎士(首無し&断面から炎出ている)が、抱き締めている。
状況を把握した時、先程まで、冷静に対応できていた千恵子は止まった。
無理もない。
白銀の騎士……それは、どのジャンルのオタクであろうと一度は会ってみたいと思うほどの存在なのである。
しかも、自らの癖にぶっ刺さる人外。
アカーシャとのやり取りで耐性が生まれて、いなせるようになっていても、そんな存在に不意を突かれたわけで、固まるのは必須であった。
「申し訳ない。こういった慣習には疎くて……」
デュラハンは抱き寄せながら耳元で囁く……が、女性向けの小説や漫画、アニメなどで描写されているシーンとは程遠い。
なんせ相手は首無し騎士である。
千恵子の身長が低かった。
そしてデュラハンの身長が高かった。
だから、デュラハンの頭部を抱える右腕が、抱き寄せられた千恵子の頭部が、たまたま良い位置に来て、耳元で囁くといった状況が起きたのだ。
千恵子も理解していた、否、脳では理解していた。
けれど、脳からの指令を待つ前に、1つ1つの細胞が反応してしまったのである。
(うわぁぁぁぁーーーー!! 騎士のそれだぁぁぁーーーー!)
心の内で太鼓を叩いて、お祭り状態の千恵子である。
本来であれば、叫びたい。
けれど、ここは集合住宅な上、彼は首のないデュラハン……叫ぶわけにはいかず、溢れ出そうな人外ビッグラブをどうにかして抑え込んだ。
もし、これが千恵子の推しであるヴァンパイアであったなら、こう上手くはいっていなかったであろう。
そして、ふと気になった。
(ん? 男性だと思っていたけど、この声は女性じゃない? 何かいい匂いするし……)
先入観で騎士=男性だと思っていたが、声のトーンからするに女性っぽくて、匂いも高そうな香水のそれであった。何とも奥行きのある香りがする。
「あ、あのー……、もしかして女性だったりします?」
千恵子は視線を下げて、右腕に抱えられている頭部に話し掛けた。
「はい! 女です! ではなくて……」
デュラハンは、性別をハキハキとした口調で答えると、千恵子から離れ、姿勢を正す。
そして、頭を垂れると左手でヘルムを取って名乗った。
「……申し遅れました。私はフリーディア・ランスロット、アカーシャ様に仕えている騎士です。種族は妖精です」
「よ、妖精……き、綺麗……」
千恵子はボソッと呟くと言葉を失った。
ヘルムに収める為、まとめ上げられたプラチナブロンドの髪が、大きく吸い込まれそうな澄んだ青色の瞳に端正な顔立ちが、刺さってしまったからである。
(……にしても、すんごい美人さんだなー、大人アカーシャがかっこいい系なら、フリーディアさんは綺麗系って感じかな?)
「すみません……そんなに見られると緊張してしまうのですが……」
「あ、あはは……こちらこそ、なんかすみません……名前も名乗らずジロジロと見てしまい……えーっと、人間の山本です」
オタク特有の反射行動をしながらも、千恵子はやはり社会で働く女性。普通に接されると、その瞬間は一社会人として応対してしまう。
「おお……山本殿と仰るのですね、教えて頂きありがとうございます。でも、その……どうか、気になさらないで下さいね! 近くで見つめられたことに慣れていないだけですので……」
対して、フリーディアは気になさらないで下さいと言いつつ、その顔は真っ赤である。
しかし、その恥じらいが琴線に触れ、千恵子は心の内で悶絶した。
(くぅぅぅーーーっ、恥じらいかぁー! アカーシャには無いやつだわ)
蘇るは、ベッドの上で腰に手を当てた全裸少女である。
ひとりでに目まぐるしく、表情を変える千恵子に困ったようで、フリーディアはその場であたふたして、
「も、もしや! わ、私が何か失礼を――?!」
と口にし、腰に携えていた白銀のサーベルを抜き放って、
「この命を賭して、謝罪を……」
その場に座り込んだ。
「えっ……武士?!」
千恵子はつかさずツッコむが、冷静になって真正面から、お腹を一突きしようとしている手を握った。
「って、な、何やってるんですか!?」
「アカーシャ様の命を救って下さった恩人に、失礼を働いたとあらば、一族末代までの恥となるのです……どうか、ご容赦を」
「そんなのどうでもいいですから! と、とりあえず話をしましょうよ! ね?」
千恵子はどうにか説得をしようとするが、フリーディアの覚悟は固いようで、ゆっくりゆっくりと確実に、腹部へとサーベルの切っ先が近付いていく。
少し、ほんの少しだが、切っ先が腹部に触れた。
すると、フリーディアは死を覚悟したか儚い表情を浮かべた。
「山本殿は、随分とお優しいのですね……アカーシャ様が傍に居たいと感じられる意味が少しわかりました……」
「いや……えーっと……」
先程とは違う意味で千恵子は言葉を失った。
同時に心の内では、
(なんだコレ?! 何で、急にエンディング感出てるの?! 自分で腹切ろうしてたのに……? えっ、なんで?!)
イッツ、クエスチョンパラダイス中である。
「では、私はもう言い残すこともないので……」
サーベルの切っ先が鎧に触れる。
(ああ、やばい…この忠義MAXな感じ…すっごい刺さるけど!! いや、刺さってる場合じゃないでしょ私!? 本当にお腹刺す気じゃんこれ!!)
触れたことで、千恵子はただのオタクから、社会人として冷静さを取り戻す。
「ちょ、ちょっと待って下さい! なにか言いたいことがあって、ここに来られたんじゃないんですか?!」
「ありました……ですが、もう大丈夫です!」
「ですので――」
「いやいや! 大丈夫って……私は大丈夫じゃないですから!!! と、とにかく、早まらないで下さい!」
AJT作戦を決行した千恵子と、失礼を働いたと勘違いをして、切腹を試みるフリーディアとのすれ違いコントが繰り返されていると、そこに……誰かが現れた。




