ピンチにパンチ
「では、そうだな……命を奪わずに懲らしめるのはありか?」
安堵する千恵子にアカーシャが言った。
「うん、それならいいけど……なにをする気?」
「大丈夫である。我に任せるがよい!」
そういうとアカーシャは千恵子から離れて、一歩ずつゴロツキ集団へと近付いて、
「我が一番得意な魔法はな……転移魔法でな――」
右手で魔法陣を発動させる。
けれど、彼女のことをヴァンパイアだと知らないゴロツキ集団は、お腹を抱えて笑ったり、コスプレイカレ女という暴言を吐いたりしている。
(まぁ、それが普通の反応だよね……)
などと、千恵子はゴロツキ集団に一定の理解を示した。
(ん? でも、あのハゲはなんか伝わっているっぽい?)
アカーシャと一番近い距離にいた幅霧の顔は青ざめて、戦々恐々といった感じだ。
まだ肌寒い時期だというのに、額から汗が滴り、目も白黒させている。
(あー、あれか。なんか一定の強い人にしか伝わらないとか、そういうやつ。でも、ゴロツキのリーダーにだけ伝わるんだね……ん? でも待って! 私にも伝わってるくない? だってさ、見た瞬間絶対強いって確信したもん!)
推しを見るオタクの目と、戦いに身を置く者の感覚を一緒にしてしまう千恵子である。
それぞれの価値観が入り混じる中。
「けどな、一番好きな魔法があってな……」
全てをガン無視してゆっくり、ゆっくりと恐怖を煽るようにアカーシャは歩みを進める。
「き、き、き、聞いてねぇし!」
幅霧の左隣にいた鼻ピアスをした男が言った。
それでも、何か答えることはなくて進む。
そして、ついに集団の前、魔法陣を解除した。
「これだ……」
そう言うとアカーシャは顔の横に右拳を持ってきた。
(拳? 得意魔法が……? どういうこと?)
魔法を使用すると考えていた千恵子は首を傾げる。
一方、ゴロツキ集団のリーダー幅霧も同じように首を傾げて、
「あははは! 強い奴かと思ったが勘違いか! 俺も得意だぜ! こ・ぶ・し!」
笑いながら、ポキポキと手を鳴らしながら、拳を前に突き出した。
完全に油断している。
いや、何も知らないからこその反応であろう。
決して全ては知らないが、アカーシャを舐めプしている幅霧に同情する千恵子。
(あれ、完全に舐めてるよね……何も知らないのって怖いわー……これどう考えてもフラグってやつだよね……? ハゲの心配をするとか癪だけど……ちょっと心配かな……)
千恵子が複雑な感情を抱き見守っていると、アカーシャはハゲもとい、幅霧にある提案をした。
「ほう……それは、気が合うな。では、比べてみるか?」
「なにをだ?」
「なーに、単純な力比べだ」
「はっ、いいぜ! 何をするんだ?」
「いや、見てもらったほうが早い」
そう言うとアカーシャは、右拳に赤いオーラのようなものを纏わせて、地面を殴った。
「ふんっ!」
腕を後ろに引いたりなどの予備動作のない、ただの突きである。
しかし、直後、地鳴りと地震のような揺れが起こって、
「わっ!」
そのあまりの揺れに千恵子は体勢を崩し膝を着き、間髪入れずに砂煙が舞った。
瞼を閉じて、砂煙が目に入らないようにする。
風の流れが緩やかになったので、千恵子はゆっくりと目を開ける。
けれど――。
「ど、どうなったの?!」
まだ砂煙があって、その先で何が起こったのか見えない。
聞こえるのは、助けを求める情けないゴロツキ集団の声のみだ。
(勝ったってことは間違いないと思うけど、聞こえる声が遠いような……)
まるで、窓から聞こえるくらいのボリュームである。
千恵子が不思議に思っているとバサっという音と共に風が吹いて、視界が開けた。
「う、う、嘘でしょ?!」
(……こんなこと言ったらあれだけど、敵じゃなくて良かったよね……)
飛び込んできた光景に叫ぶことすら出来ず、心の内で呟くことしかできない。
開いた口がふさがらないとはこういうことをいうのだろう。
そんな千恵子の前に広がっていたのは、直径五十メートルは下らない大きな穴であった。
その中にはブランコや滑り台、鉄棒なんかも全部巻き込まれて、アカーシャに啖呵を切った幅霧率いるゴロツキ集団もいた。
「ふむ……手加減とは難しいな……ダルマ落としとやらを参考にしたのだが……」
「なるほど、ダルマ落としね……だから、あいつらが一番上にちょこんと乗ってるわけかー……へぇー」
「うむ! そうである! なかなかの妙案であろう?」
「って、アホか!! あいつらはどうなってもいいよ? でもね、ここは公共施設なの!!! どうすんのさ、遊具とかめちゃくちゃにしちゃって……」
「どうでもいいやら、良くないやら難しいな……でも、遊具とやらの位置なら元に戻せるぞ?」
「え、あっ、いけるの?」
「うむ!」
「なら、いっかー」
珍しくツッコむのをやめた千恵子である。
「では、まずは遊具とやらであったな」
少し気怠そうにしながらも、穴の上に巨大な魔法陣を出現させて、いつものようにパチンと指を鳴らすと、まるで時間を巻き戻すように、遊具は元の位置へと戻っていった。
「うむ! これでよいか?」
アカーシャは褒めて貰いたいのか、大人の姿だというのに、子供の時と同じように犬歯を見せて無邪気な笑みを浮かべた。
(ふふっ、やっぱアカーシャだね)
千恵子は微笑むとアカーシャに近付いて、優しく頭を撫でた。
「ありがとう。おかげで助かったよ」
「うむっ!!」
満面の笑みを咲かせるアカーシャであった。
☆☆☆
この後、アカーシャは完全に戦意喪失していたゴロツキ集団を穴から救出して、遊具と同じ要領で地面に空いた穴を塞ぎ、千恵子を抱え夜空を駆けていった。
一方、その下で完全に戦意喪失していたゴロツキ集団、独走蝙蝠は、初めて体験した超常的な現象(地割れ+空に舞い上がる瓦礫+魔法陣の赤い光が輝く+気付けば元通り)に文字通り目が点となって、
「マ、マジで魔法少女だった……」や「もう夜は出歩かねぇ……」
などと呟きながら、元通りになった公園で呆然と天を仰ぎ、そしてそこから少し離れた木の影では、
「……アカーシャ様……?」
と、誰かがぼそりと呟いたが、それはアカーシャ達に届くことなく夜風に掻き消えていった。