一人じゃない帰り道
雪がチラつく工業地帯の表通り、日もすっかり沈んだ帰宅ラッシュ時。
休日ということもあって、道路には家族連れの車と退勤した人の車で、渋滞が出来ていた。
一方、昼間と違って歩道には人影が少なくて、誰もが足早に駆けていく。
千恵子も結局、就業時間いっぱいまで過ごしてアカーシャと歩いていた。
「結局、一日居ることになったね」
「ふむ、その……旦那様はもう怒ってないか?」
「さすが怒ってないよ、良い子にしてたし、会社の皆も癒されたとか言ってたしね。それに私が許可したから吸ったでしょ? 牙を刺しても傷にならないって知れたし……」
休憩室で聞いたアカーシャの言い分は、千恵子が吸ってみる? と言ったから吸ったというものだった。
では、なぜ、姿を隠したり分身したりなど、まどろっこしい行為に及んだのか――。 それは、翼を広げて宙に浮いた時、人間たちから浴びたさまざまな感情が入り混じった嫌な視線と、慌てた千恵子の顔が頭から離れなかったから。
なので、一見、矛盾したかのような行動を取ってしまったのである。
分身して、姿を消してからの吸血するといったように。
(そこからの行動があまりにも、全てを無駄にしちゃってて、なんともなんだけどさ)
千恵子は、感心と呆れが入り混じった本音を心の内で呟いた。
「そうか、そうであれば良かったのである!」
そんな気も知らないアカーシャは、左で犬歯を見せて喜んでいる。
不思議とつられて千恵子の顔もほころぶ。
(なんというか切り替え早いなー、ま、きっと千年も生きてきたらそうしないと生きていけないのかもね……にしても色んなことがあったなー……あんなに声を張り上げたの初めてかも)
異常なまでに切り替えの早いアカーシャに、自分との違いを感じながらも、千恵子は一日を振り返っていた。
起きたら全裸のアカーシャが居た……あり得ない光景だった。
そこから、なんとなく一緒に暮らす流れになっちゃって、会社に来たら来たで、不特定多数に姿がバレそうになったり、隠そうとしていたのにあっさりバレたり……けれど、職場の皆にはバレることなく、スルッと受け入れられた。
それをアカーシャも嫌がるどころか、楽しんでいる様子だったりと。
(誰が、こんな日が来るのを想像したよ……)
まるでお正月、バレンタイン、ひな祭り、ホワイトデーにお盆、そしてハロウィンにクリスマス。
ありとあらゆるイベント事を足しても掛けてようとも、届かないほどの濃密な時間である。
こうやって振り返りながら、足を進めていると後ろから、ビュンと人影が通り過ぎて――ぐんぐん距離を離して、ピタっと足を止めて振り返った。
「あ、山本さーん! お疲れ様でしたー!」
真面目とは言えど、天然ちゃん爆発中の愛美である。
彼女は二人に向けて、大きく手を振って、
「アカーシャちゃんもー! あ、違った! 我が王もー!」
これまた大きな声で挨拶をすると、煙を上げて自宅のある方へと消えていった。
「うむ、またなー!」
「お、おつかれー! って、もう姿が見えないや……」
「フフッ、さすが我が臣下よのう! やはり先陣を切る特攻隊長なら、あそこまでの機動力が必要であろう」
「いつの間に、特攻隊長に……」
(あー、午後の休憩時間に話してた時か)
仕事が立て込み、手を離せない千恵子に代わって面倒を見ていたタイミングである。
(まぁマナちゃんも楽しそうだしいいけどね。それに――)
左では幸せそうな表情をしたアカーシャが、とてとてと短い手足をめいっぱい振っている。
冬の夜は寒くて、一人を感じる。
帰る時は特に。
自分以外には会社以外の繋がりがあって、皆笑顔で帰っていく。それがどうとか思ったことはなかった。
けれど、どこか口に出さないような孤独感があって、
(やっぱり羨ましかったのかなー)
一人ではない帰り道だからだろう。
しまっていた自分の気持ちが溢れて、ほんの少しだけ、胸の辺りがキュッとする。
でも、帰ったら一人ではなくて、今日味わったような賑やかな時が待ち受けている。
それだけで――。
(ふふっ、さみしくないかも……それもこれも――)
再び左に視線を向け、アカーシャを見つめて、今という時間を噛みしめる千恵子であった。




