二人のアカーシャ……?!
すると、驚くべきことが起きた。
「へっ……」
驚く千恵子の目の前に、突如としてアカーシャが二人現れたのである。
「「これは、分身だな。だが、五感全てを共有しているし、別個体ではあっても、一人という認識である!」」
アカーシャ二人は声を揃えて腰に手を当て、犬歯を見せている。
誰がどう見ても得意げだ。
瞬間的に、千恵子は理解した。
吸ったのは間違いなく、目の前にいるおバカなヴァンパイアであることを。
(この子、マジか……他の人がいなかったから、良かったけどさ……騒ぎになってるよ、これ)
だが、バレることを想定出来ていない、このポンコツ加減に、さっきまでのどうにかして誤魔化そうとしていた全てを無駄にするその行動に……我慢ならなくなった。
「そ・こ・はっ! 隠し通すのっ!」
休憩室に響く大きな声。
色んな小説に漫画、アニメを観てきたし、読んできた。
だからこそ、シーンにはメリハリが大切だということをどうしても説きたくなったのである。
「「はひぃ?!」」
翼を体を震わせて、反射的に翼を畳むアカーシャ達に向けて射殺すような視線を送って、
「「「はひぃ?!」」じゃなくて! いい? 隠し通すの!!!」
立ち上がって距離をグイグイ詰めていく。
その距離、ほぼゼロ。
鬼のような表情を浮かべる女性千恵子VS怯え腰で顔引き攣らせる一騎当千の力を持つ最強のヴァンパイア。
そのあまりの迫力にアカーシャ達は、少し後ろに下がって同時にパチンと指を鳴らした。
煙のように霧散して、何処にも姿が見えない。
嘘を隠し通すということを、姿を隠し通すと勘違いしたのだ。
「「こ、こ、これでいいのか?」」
つまりは、このヴァンパイア、あろうことか、またもや、ポンコツムーブ発動させたのである。
「それがダメだって言ってるでしょ!! なんだよ! その頭隠して尻隠さずみたいな行動は!!!」
重なり続けるポンコツムーブに、千恵子のツッコみメーターが振り切れる中。
そこに愛美が割って入った。
その表情は仕える主を守らんとする騎士のような覚悟を決めた顔だ。
「山本さん! 何かわかりませんけど、お、落ち着いて下さい! アカーシャちゃんはヴァンパイアの王様なんですよ!!」
例の如く言葉はなんというかとても軽い愛美である。
「はぁぁぁん? 王様か何だか知らんが、こちとら都会で働く女性じゃ! いくら推しであっても、もう我慢出来ん!」
「山本さんがキレたぁぁぁーーー!! こうなってしまってはアカーシャちゃん、いやアカーシャちゃん達! 謝りましょう!」
愛美は立ち上がって、透明になってしまったアカーシャ達に向けて言葉を投げかけた。
もう、臣下であったというか、その流れを汲むのすら忘れている様子である。
「って、どこにいます?」
「「い、い、今、姿を現したら、怒られるであろう?」」
「大丈夫ですよ! 山本さんは基本的に優しいですし、正直に謝れば許してくれます! ね? 山本さん」
何も無い空間に向かって、身ぶり手ぶりで懸命に説得する愛美、そして最強のヴァンパイアと言いながらも、ただの人間である自分に怯えて声を震わせているアカーシャ。
千恵子は、このまるでショートコントのような掛け合いに苦笑し、深い深いため息をして……
「はぁー……もういいよ。でも、マナちゃん……怒っている人に向かって、優しいですよね? って聞くのは間違ってるよ……色々と。んで、アカーシャ、なんで血を吸ったのか教えて? もう怒らないから」
ひとまず、落ち着いて話すことにした。




