親子出勤……だよね?!
街路樹が植えられた表通りを道なりに進んで数分。
棺桶間ネジ株式会社の工場がある。
全従業員は百人。建物は二つあって、ネジを製造している工場、その営業や販売、管理をする三階建てのビル。
敷地面積は、二つ合わせて千平方メートル。一般的な戸建て十戸分である。
そのビルの二階にある営業管理課。
そこに所属するは千恵子を含めて十人ほどで。
それぞれに机とノートパソコンが支給されており、少人数な為、皆忙しく働いている。
そんなオフィスの奥、自動販売機などが設置された六畳ほどの休憩室に備え付けられたテーブルで、千恵子は缶コーヒー片手にため息をついた。
(なんでこうなったんだろう。これじゃ本当に親子出勤だよ……)
ちゃんと帰ってもらうつもりでいた。
けれど、理由もなく一人で帰したら、何をしでかすかわからない。なので、千恵子は旦那様と言われたことを逆手に取って、お嫁さんとしてやって欲しいことを伝えようかなーとかも考えていたのである。
(って、無理だったんだけどね……アカーシャって、魔性の女の子だよ。たぶん、本人は気付いていないだろうけど)
目の前では、アカーシャと愛美が楽しそうに会話している。
(マナちゃんも、すっかり虜だし、オタクって、業が深いよね……)
では、なにをされてこうなっただろう。
理由はシンプル。
ごねた。
それはもう、短い手足でジタバタしながら「離れたくない」や「置いて行かないで」といった子供特有の決まり文句まで駆使して、公衆の面前でごねにごねまくったのである。
それを食らった女性二人は共感性羞恥からではなく、小悪魔的な見た目に加え、子供ならではの反応に母性本能が刺激されてしまった。
なんだったら、会社の人間までチョコレートや飴といった机の中に忍ばせていたおやつを与えてしまって、今に至る。
つまり、愛美共々、いや、会社全体でアカーシャにしてやられたのだ。
ちなみに千恵子を便利屋扱いしていた部長は、突発的に発生した取引先のトラブル対応の為、終日戻ってくることがない。
それも影響しての、対応だろう。
(これじゃ、アカーシャのことを言えたもんじゃないよね……)
寧ろアカーシャよりもよっほどちょろくて、ポンコツムーブである。
そのちょろい片方である愛美が缶コーヒー片手にアカーシャの話を聞いていた。
内容はもちろん、千恵子との出逢いである。
ただ、多少の脚色が加えられていた。
「――なるほど……だから、アカーシャちゃんは山本さんのお嫁さんなんだ」
満面の笑みでアカーシャの話を聞く愛美。
対して、アカーシャはこの空間の居心地がいいのか、愛美との会話が楽しいのか、犬歯を見せて無邪気に笑っている。
「うむ、そうである! 両想いだしの! それに――」
「それに?」
「汗の匂いもなんか興奮するのだ! よくわからぬが……血を吸いたくて吸いたくて! たまらなくなる!」
「おお、それは性的に見ちゃってるねー!」
(それで血を吸おうとしたのね。なんて濃い話……というか、いつから両想いになっているんだよ……全く)
二人の話に耳を傾けながら千恵子はそう思った。
アカーシャの中では千恵子と自分は両想い。
確かに、彼女の身に起こった事実の受け取り方によっては、そう捉えてもおかしくはない。
リアルなヴァンパイアの生態なんて知らないが、命の危機を助けたのは間違いなく自分で、自らが住まう家に居ていいと言い、更にはこうやってわがままも聞いているのだから。
(って、私にも原因はあるか……)
千恵子は自分の行いにも勘違いさせる要素があったことを悔いた。
けれど、その前では小悪魔化したアカーシャは愛美から差し出された魚肉ソーセージに目を輝かせて、「うんまっ!」とパクパクと食べ進めていた。
まるでリスやハムスターといった小動物のように。
(悩んでいる人の気も知らないで……まぁ、でも二人共、楽しそうだし、いっか)
笑みを浮かべている愛美が尋ねた。
「美味しい? アカーシャちゃん」
アカーシャはその言葉に頬を膨らませて。
「うむ! なかなかに美味であるな!」
笑顔を弾けさせる。
この魚肉ソーセージは、愛美が残業用のコバラサポートにと近くのコンビニで購入していたもの。
(あーあー、何も知らないで口いっぱいに頬張ちゃって)
千恵子は、魚肉ソーセージに夢中となっているアカーシャに溜息をついて、缶コーヒーをテーブルに置くと、
「ごめんねー……この子がよくわからない話を。それに魚肉ソーセージまで」
姿勢を正して愛美に頭を下げた。




