明日は我が身
「山本さーん、必ず来てくれると思っていましたよ!」
その女性は、変な空気が流れている二人の目の前に来ると大きく息を吸い込み、呼吸を整えて、
「おお! ロリっ娘のコスプレイヤーですか!? なかなかに攻めていますね! 翼もモノホンっぽいですし! でーも、山本さん……会社にまで趣味を持ち込んだらダメですよ?」
勘違いだらけではあるけれど、全てを丸く収めてしまう魔法の言葉を口にして、
「そもそも、この娘は誰ですか? 山本さんのもしかして隠し子?! いや、でもちえこの嫁って書いていますね……なるほど……そういった趣向ですか」
ひとりでに騒いでいた。
一難去って、また一難。
事態はややこしい方向に進むかに思われたが、女性の「コスプレ」と言う言葉を聞いて、集まっていた人たちは文句を垂れながらも、去っていった。
「マナちゃん助かったよ……持つべき者は優秀な部下、そして、同志だね……」
「はい? 役に立ったなら……良かったです?」
千恵子にマナちゃんと呼ばれた女性は、その言葉の意味を理解出来ず首を傾げる。
「でもね――」
「はい?」
「会社の前で、私の癖を明かすようなことは言わないで……」
千恵子は肩を落として、ため息混じりに言った。
それに対して、マナちゃんと呼ばれた女性は鼻息を荒くして、持論を語る。
「大丈夫ですよー! 山本さんが人外大好きだって、皆さん知っていますし! 今の世の中、多様性ですから!」
「いや、そういう意味じゃなくてね……?」
女性は千恵子の言いたいことをわざとなのか? と思われるくらいに、すり抜けていく。
実は彼女こそ、仕事に全てを捧げすぎて、友達いない族と化した千恵子、唯一無二の人外オタク友達兼部下。
真面目で天然さんなところが、魅力の葛城愛美二十八歳、愛称マナちゃんである。
もちろん、千恵子と同じく都会で働く女性で、人外を推す同志だ。
「それにしても、まさか山本さんに隠し子がいたとは……いや、お嫁さんですか?」
「いや、違うって! 相手いないし! てか、いらんし!」
「ふふふ♪ ですよねー! 山本さんに相手が居たら泣いちゃいます」
「いや、どういう意味だよ!」
(しまった……反射的に否定したけど、なんて説明すればいいかな……ここは無難に親戚の子とかって言えばやり過ごせるかな……)
などと、ありふれた方法でその場を凌ごうしたわけだが、
「我は山本アカーシャ、ちえこの嫁だ!」
アカーシャは頬を膨らませて何やらご立腹な様子であった。
(私は一度も嫁って認めてないんだけど……さりげなく苗字まで付けちゃってるし)
などと心の中で呟いた千恵子をよそに、アカーシャは抗議した。
「まったく……何なんのだ。突然現れたと思えば、我とちえこの時間を邪魔しおって! 誰がどう見ても夫婦であろう!」
「いや、誰がどう見たって、夫婦は無茶があるからね?!」
「えっ?!」
「「えっ?!」じゃないから!」
無茶苦茶なことをまるで、事実であるかのように、口にするアカーシャへ我慢出来ずツッコんだ。
日本国内においてというか、この世界においてはもちろん、アカーシャが治める国であっても、千恵子とアカーシャの関係を誰がどう見ても夫婦だとは判断しない。
良くて娘といったところだろう。
けれど、千年も生きてきて、その圧倒的な強さのせいで並び立つ者や想いを伝えてくる者が全く居なかったとすればどうだろうか?
しかも、それだけの年月を生きてきて初めて胸が高鳴る経験をしたとすればどうだろうか?
独自の恋愛や結婚観を形成していても、何ら不思議ではくて――だからこそ、彼女は千恵子と親しく話す愛美に対して、まるで恋敵のような態度を取ったのかも知れない。
(拗らせたらこうなるのかー……明日は我が身だな、まぁ……こういう面倒くさいところも、嫌いじゃないけどさ)
そんな恋煩い中のアカーシャはグィっと強引に二人の間に割って入って、愛美を下から物凄い形相で睨みつけて、
「貴様なんぞ、荒野で引き摺り回して、ボロ雑巾のようにしてくれる!」
可愛らしい見た目とは、相反したとんでもなく物騒な発言をした。
「あ、あの……山本さん……私、この子に何かしました? ちょっとした冗談なんですけど」
愛美は覚えのない敵意に頭を悩ませて、千恵子に話し掛けた。
「何もしてないね……」
「ですよねー……」
頬を膨らませるアカーシャに困り果てる千恵子と愛美であった。




